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2007年11月 アーカイブ

2007年11月01日

旅は道連れ、世は情け

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旅のepilogue(エピローグ) 〜旅は道連れ、世は情け〜
旅の同行者がいれば何と心強いことでしょう。
ことに事情に明るい人とご一緒だと、なおのこと・・・
思いやりと感謝の心で対応が出来ます。
戦国の世を駆け抜けた名将「武田信玄」と軍師「山本勘助」の風林火山に、
そして秋いっぱいの山梨に別れを告げ“かいじ号”の人となりました。車中、
山梨産のワインをあけ、ご夫妻の丹精込められた山栗を食しながら、暮れゆく
景色を追いつつ、ぶどうを棚に、帰路の途についたのです。
人との出会いからつかの間、若かりし時にタイムスリップ、念願かなっての
甲斐の文化、歴史の探求と人情にふれ、当地の名品を食し、湯の中で見知らぬ
戦国時代に想いを馳せる・・・なんと、贅沢な時を持つことが出来たのでしょう。
我家に着くなり、さっそく、無事帰宅の一報を入れます。お礼とともに。・・・
いつもと変わらぬ奥様のはずんだお声、「充分なおもてなしも出来ませんで」と、
ご夫妻がお疲れの出ませぬようにと、私は気づかいます。
そして、ご夫妻への礼状を認め、思い出の写真を添えて、翌日お送りしました。
まさに人生は旅、いや旅は人生そのもの、どのように旅をするのか、一人旅も
たまにはよいが、道連れがあると、なんと心強く豊かに楽しみも倍増するの
だろう。・・・しみじみと感じた時でもありました。
非日常はこうして、明日への活力となり、ご好意に甘えた時間を私は何でお返し
ができるのだろうと、私がいただいた“しあわせ”をどなたかに、いつの日か
お返しの出来ることを願い、“縁とは、なんと不思ギなるもの・・・”と
秋の夜はいっそう、その思いにかられます。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 旅のマナー

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フォト : イメージ写真 Photoコレクションより「秋の夜」

2007年11月02日

年賀状、何も入れることはできないけれど

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ある新聞広告に目が留まりました。
丸1ページ割かれた広告には、
こんな意味の内容が、
短く素敵に綴られていました。
「年賀状はたった一枚の小さくて、うすい紙。
指輪も、セーターも、シャンパンも入らない。
でも、そこにはあなたの気持ちや言葉を入れることができる・・・」。
読み進むにつれて、私の心は温りぽかぽかに。
11月1日から年賀はがきの販売が始まりましたが、もうそんな時季なんですね。
一年で最初に相手に届く年賀状は、まさに心を贈るごあいさつ。
でも、ひょっとして、その贈った気持ちは年賀はがきの抽選で“海外旅行”
に変身してしまうかもしれませんよ(^・^)


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー 季節の話題

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フォト : 日本郵便の新聞広告より

日本郵便 郵便年賀.jp 「年賀状は、贈り物だと思う」
http://www.yubin-nenga.jp/main/enter.html

2007年11月05日

文化を伝える幸せ♪

先日、近隣小学校でお祭りがありました。PTAの模擬店や先生方の科学実験的な遊び(?)開かれた学校協議会の地域スタッフがボランティアで運営する土曜授業の発表会など盛大に催されました。私は野点で子供たちと参加しました。前日の雨が見事に上がり、秋晴れの日曜日です。
ー学校が土曜日を休みにしたことで始まった土曜授業ー
もう7年になります。この小学校では、太鼓、三味線、琴、日舞、茶道、切り絵、英語の教室があります。私は茶道を担当しています。土曜授業の前からボランティアで茶道はしていましたから、もう9年になります。一番上の子供は19歳です。初めは月二回していましたが、最近は月一回です。回数は少ないので、お点前をいろいろ覚えるよりも、お茶を通して学ぶマナーと、ホスピタリティや思いやり。客ぶり、亭主ぶり、つまりは相手に対する心遣いを学んでくれたら良いと頑張って続けています。そんなわけで、お点前は炉でも、風炉でも【運び点前】のみです。現在25人の生徒がいます。会費は五百円、お茶は柳桜園、お菓子は老舗の高級和菓子です。運営費を賄うのもひと苦労ですが、子供たちだからこそ、本当においしい物や、地方に伝わるお菓子の由来やエピソードなども紹介して、味わってもらいたいと思う一心で選びます。 お稽古は第三か第四の土曜日。朝
9時から。片付けが終わると午後6時。疲れないと言ったら嘘になります。ボランティアは本当に大変です。でも、うれしいことがたくさんあります。
例えば、中学生になると京都に修学旅行にいきますが、それぞれに工夫のお土産を買ってきてくれます。有名なお菓子から、珍しいお菓子。中には老舗のお茶やさんの本店に行ってお茶を買ってきてくれた子もいます(^o^)そんなふうに育ってくれて本当にありがとうと思います。(;_;)嬉しくて涙が出てきます。少ないお小遣いと自由時間の中なのに……。「ありがとう」
そして、今日の野点は全員が着物で致しました。2年ほど前から、私の着物やリサイクルショップで小さめの着物を探して教室で着せてきました。友人も提供して下さり数も増えました。子供たちも着物を着ることに興味を持ってくれて、家でも話題にしたのでしょう、お母さんたちも次第に興味を持って、タンスの奥から出したり、おばあちゃんから頂いたり、買いに行ったり…と。お母さんたちの着付け方もだんだん上手になります。
こんなふうに日本の文化がほそぼそながらも伝わっていくのですね。肩肘張らず、欲張らず、長い道のりでした。
今日の着物姿での野点。それは、秋晴れの空の下、ひとあし早い紅葉のようでした。朝から夕方まで、着物を着ても脱ぎたいと言うどころか、よく動き働いてくれました(^_^;)クラスメートの前で照れてお辞儀もそこそこのこともありますが、それはそれで微笑ましい光景でもありました。
お茶の土曜授業に参加できない(人数に制限があるため)子供たちの為に、平日に釜をかけ、休み時間に学年毎に振る舞っています。朝、廊下で会うと「今日は何年生?」と目を輝かせて聞いてきます。短い休み時間に何十人もの子供たちが茶室にやってきます。その子たちに手早くお菓子を出し、お茶を点ててくれるのは、茶道教室の子供たちです。チャイムがなると走って来てくれて、手際よくお茶を振る舞って、次の授業に遅れないように戻っていきます。
最近はお母さんたちがよく働いて手伝って下さいます。お茶の友人も遠くから手伝いに駆けつけて下さいます。
文化を伝えながら、私はたくさんの幸せを頂いています。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 文化

2007年11月06日

暦を楽しむ「立冬」

今回は「立冬」についてお話しましょう。
「立冬」は前回も紹介しました二十四節気(にじゅうしせっき)のうち、十二節ある
正節の中のひとつです。新暦の十一月八日頃にあたり、暦の上ではこの日から
冬が始まります。

しかし四季の移り変わりが非常にマイルドな日本では、この時季に日没はどん
どん早くなって気温も日ごとに少しずつ下がり、時候の挨拶にも「初霜の便りも
聞かれ・・・」という言葉が出てくるように、世間では木枯し、初氷、冬枯れとい
う言葉を耳にはするのですが、実際にはまだ紅葉が色鮮やかな秋らしい季節
と言えるでしょう。この時季に春のような暖かい陽気になる日を「小春日和」と
表現することもあります。
本日はまだ十一月初旬ですので、晩秋の候という表現が適当かもしれません。

この“候”という表現について遡(さかのぼ)りますと、古代中国では各節気を
さらに三つの期間に分け、そのそれぞれに初侯、次候、末候という序数をつけ
た七十二候(しちじゅうにこう)という暦を用いており、ここにその発端を見ること
ができます。そしてそれぞれの候には一年にうち概(おおむ)ねその時季におこ
るであろう様々な現象を季節の移り変わりと共に生き生きと表現した、時候と
いう言葉ではまことに余りある精到な文辞(ぶんじ)が添えられているのです。

私達は知らず知らずのうちに、古代より脈々と伝わるすばらしい観念の一端を
手紙文の冒頭にしたためていたのですね。暦を季節のうつろいの一部として
読むだけでなく、その上に表された霊妙な言葉の魅力と実力を理解していく
ことも、また暦の楽しみ方のひとつなのです。
                           

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Angel カテゴリー 季節の話題

2007年11月07日

三回忌法要

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先日、一つ向うの村の、主人の叔父の三回忌に出席しました。二人とも黒の
スーツで出掛けました。近所や親戚の方々が30人ほどです。
二つの客間を通しにした大広間に祭壇が飾られ、叔父の遺影、おもりもち、
影膳、両脇に白い花がすがすがしく置かれ、叔父の元気な頃のことを思い
出します。
「御仏前の袋」「菓子折」を供え、線香を立て合掌します。
叔母はじめ家族の方と挨拶や話を交わし、そうこうしていると皆さんも席
につき、御僧侶が入室され三回忌の法要が始まります。
僧侶の法話をとおし、叔父を惜しみ哀悼の意をのべられ読経となります。
その間焼香の盆が廻り一人一人ていねいに焼香をし、皆に行きわたると
部屋は香でつつまれます。
追善供養の経もすむと近くの墓に御僧侶と共に皆で詣でます。
良い天気のもと、秋の草花が咲き、快い風も吹いていました。家にもどる
と食事の用意がととのっており、身を清めて席につきます。
甥の挨拶があり叔父の作ったブドウのワインで献杯。
自慢の松の庭をながめながら故人をしのび、食事をいただきました。
久しぶりの皆さんとも語り、そして親族からお礼の言葉があり無事三回忌
を終えられます。お返しの中にワインも入っていました。家族や皆の想い
のこもったよい法事だったと思いました。
法要はふつう、亡くなった日から七日ごとに、初七日、七七日(四十九日)
まで行い、その後一年、三年、七年、十三年、十七年の順で行います。
私達が現在生きていることは、両親はじめ祖父母、また先祖の人々のおか
げです。
「おかげさまで生きられる」という感謝の気持ちをいつまでも持ちつづけ
たいものです。
法事は、その心のあらわれだと思うのです。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Coral pink カテゴリー 葬

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イラスト : フリーイラスト素材集より

2007年11月08日

大徳川展に行って参りました。

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雨あがりの爽やかな秋の上野公園。都会の紅葉は始まったばかりのようでもある
のに、足下にはカサコソと枯れ葉の舞う道を歩きながら平成館へと歩を進めます。
会場は雨あがりとあり、たくさんの人で賑わっていました。
今回はお茶のお仲間とご一緒でしたので、茶器や墨跡などをゆっくり拝見したい
なと思いました。見たかった茶入れと茶杓は、残念ながら展示期間が終了してい
たので見ることが叶いませんてしたが、なんと、三百余点の徳川家の至宝を足の
痛いのも忘れて見て歩きました。気がつくと三時間も過ぎていたのです(いつも
のことですが…)
平成館を後にして、友人たちと楽しいランチのひと時(^o^)
とりとめのない会話に花を咲かせ、また来週〜お稽古場で〜と…お別れ致し
ました。
こんな時間も大切な時間ですね。文化は肩肘張らず、知識を詰め込もうとしな
いで、見る毎に「へぇ〜」「そうなんだ」「これがかの……」なんていいながら
感心したり、感動したりでよいのかもしれませんね。
年々、物の名前も覚えられなくなって悲しいですが、私の感性のビタミン剤に
なっているということは間違いなし!…と致しましょう!?
大徳川展で、とても心に響いた歌ひとつ、みなさまへのおみやげに……

「空蝉の 唐織り衣 なにかせん あやも錦も 君ありてこそ」
これは、皇女和宮が戦いに赴く家茂に、おみやげに西陣織の衣を所望した
ところ、家茂(14代将軍 いえもち)がなくなり、この衣は家茂のかたみの
品となってしまった……。
そんな悲しみの中で詠まれた和宮のうたです。

お互いに別の婚約者がいたにも拘わらず、幕末の危うい体制を、縁組みにて
乗り切ろうとした政略結婚あったが故、互いにより深く寄り添ったお二人だと
いわれています。そんな中、家茂に先立たれた和宮の思いの伝わるうたで
ありますね。

「空蝉の 唐織り衣なにかせん あやも錦も 君ありてこそ」和宮

東京国立博物館(平成館)にて
12月2日まで開催 是非皆様もお出かけ下さい。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 文化

2007年11月09日

年賀欠礼のハガキが届きました。

極月(ごくづき)を前に
晩秋を迎え、手もとに「喪中につき新年のご挨拶を失礼させていただきます。」
と、早々に年賀欠礼のハガキが届きました。
丁亥のはじめにご主人様が永眠されたとのことです。あらためて、年賀状交換
のみの方々とのおつきあいにおいてはそうであったのかと、喪中のハガキにて
知り得ることになります。
今年も11月1日に年賀ハガキが発売となりましたが、すでに「喪中ハガキの印刷
承ります」との張り紙も目についていた矢先のことです。
年々、喪中ハガキが多く届くようになってまいり、さけられないこととはいえ
考え深いものがあります。
明年、七草(ななくさ)がすぎた頃に寒中の見舞い状をお出しすべく用意
をいたしましょう。
(いや、年内にご機嫌うかがいのハガキをお出しすることもよいでしょう)

月半ばを過ぎますともう冬、そろそろ、この一年を締めくくる準備をせねばな
りませんが、喪中ハガキをお出しする習慣も年賀状の用意をするのと同じよう
に、段取りよく師走を迎える準備の一つと言えます。
喪中ハガキは物故者との関係が夫婦、親、子、兄弟の間柄となります。12月
には届くよう準備し郵送します。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 葬

2007年11月12日

七五三祝い

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紅葉が美しい季節となりました。十一月のこの頃には、休日を利用して皆様で寺社やそれらの立地する山々の木々の色づきを愛(め)でに、行かれる方も多いのではないでしょうか。
その折、髪を結上げ新しい着物を着て千歳飴の袋を可愛らしく持った男の子・女の子が、今日は自分が主役とばかりに、晴れの日の神社の境内を、所狭しととびまわっている元気な姿を目にして、ほほえましく思われた経験もあるかもしれません。

十一月十五日に神社に参拝し、家族で子供の健やかな成長を祈るこの七五三の祝いは、男の子ならば三歳と五歳に、そして女の子は三歳と七歳に、それぞれ行う年中行事です。

今日(こんにち)の日本では、陰陽道で奇数が縁起のよい数とされていることを鑑(かんが)みてか、七歳・五歳・三歳という奇数がまとめられ、暦の一部のように扱われています。ところが明治より前の時代には、男の子・女の子が三歳で髪を置き(髪置〔かみおき〕)、男児が五歳で袴を身につけ(袴着〔はかまぎ〕)、女児が主に七歳で“つけ紐”で結ぶ着物へと替える(帯解〔おびとき〕)というように、子供の成長にともなった段階的な通過儀礼の性質が強かったと考えられています。

元は宮中や公家の行事であったのですが、十一月は民間で豊穣の秋を氏神さまに感謝する月でもあり、併せて子供の成長を祈願したことが広まって上つ方(かみつかた)の行事と合わさった結果、現在のような形式で定着したようです。

ここで「髪を置く」とは髪をそのままにしておくという意味を指す言葉で、髪は結うものという習慣にもとづき、三歳以前は剃っていた髪をこれ以降剃らずにのばし始めることを表しているのです。
白髪となるまで健やかに髪をのばし続けられるように、という長寿の願いから、髪置きの儀式の際には白粉(おしろい)を髪の頂(いただき)につけて、櫛で左右にすいて祝うことも行われていました。

予防接種の充実している私たちにとっては当たり前の子供の三つのお祝いですが、昔の両親にとってその喜びはひとしおだったのでしょう。土地の神々に我が子の健康を祈った昔の人々の願いは、七五三をまるで踝(くびす・きびす)を接したひとつの行事のようにして扱える現代になって、ようやく実を結んだのです。

折しも今年の十一月十五日は、七五三と共にもうひとつの素敵なお祝いが重なっております。どちらも実は収穫のお祝いに関係したこと、文化には以外な共通点があるものですね。

豊年の味覚をぜひおいしくいただきましょう。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Angel カテゴリー 年中行事

2007年11月14日

朝から元気な名古屋カルチャー

実家が名古屋に引っ越してからというもの、名古屋の皆さんのコーヒー好き(それとも喫茶店好き?)なのには感心しています。お元気ですね、名古屋の方は!喫茶店のモーニングタイムは大変な盛況ぶり。たまにはモーニングサービスもよいかなと、週末の朝9時頃ある喫茶店に行ったところ、20台ぐらい(それ以上?)止められるでしょうか、駐車場はすでに満車。仕方なく他の小さな喫茶店に変更したのですが、こちらもぎりぎりセーフで席を確保。注文したモーニングセットは、トーストにゆで卵、ジャムにマーガリン、コーヒー、という一番シンプルなメニューで、お値段なんと350円!!でも、このお値打ち価格、名古屋ではめずらしくはないのです。喫茶店の競争の激しい名古屋ではモーニングセット400円程度は当たり前、おにぎりもうどんバージョンもあるというのですから想像しただけでも楽しくなります(^・^)。これが「ザ・ナゴヤ」なのですね。お得感たっぷりです。名古屋では何かと量がかさばるほうが好まれるというのは以前から感じていましたが、このモーニングサービスは拍手喝采、嬉しさいっぱい、お腹いっぱいです。

いよいよ名古屋を本拠とする喫茶店チェーンが、関東をターゲットに銀座や渋谷にも進出を広げそうだという記事が新聞に出ていました。そうなれば、独創的な名古屋流ティータイムがあちらこちらで楽しめるようになる訳ですね。ホテルのようにおしゃれでゆったりの東京スタイルも素敵、気楽に手頃に楽しむ名古屋流も愉快。お客様に対する理想のおもてなしの追求も所変われば・・で、文化の違いっておもしろいですね。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー 文化

2007年11月17日

酉の市

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11月も中旬になると寒いと感じることが多くなります。外出にはコート、
家ではストーブが欲しくなる頃でもありますね。そして酉の市が催される
頃でもあります。
『春を待つことのはじめや酉の市』(其角)「お酉さま」の愛称で親しまれ
賑わう酉の市。暮れの風物詩のひとつでもあります。
独身の頃、スキー仲間とのツアー計画会議?兼宴席?が盛り上がり「今日
はお酉さまだ」ということで大勢で浅草の鷲神社(おおとりじんじや)へ繰り
出したことを思い出します。
この市は値切るのが趣向だそうで、売り手と買い手のコミュニケーションを
楽しむという一面もあるようで、商談成立のあかつきには『手締め』と相成
ります。仲間の一人がよしとばかりにこのコミュニケーションに挑戦して極
めて大きな熊手を担いで帰りました。
「運をかき寄せる」「福を掃き込む」と、招福を願う縁起物の熊手。その発祥
は葛西花又村の酉の市で売られていた竹箒や熊手だそうです。
江戸時代にはこの花又村の鷲大明神の酉の市を「本酉」「大酉」「元酉」と呼
び、浅草の鷲大明神の方は「新酉」と呼んでいたそうです。
この酉の市、実は、花又村の大明神で行われていた収穫祭が元となってい
るのです。この花又村の大明神は、昔、ある武将が奥州征伐に向かう際、
武州葛花又村の寺のご本尊を拝借し出かけたところ、戦勝したので、帰り
にご本尊をお返しし、別堂を建てて大鷲明神として祀ったことに由来する
そうです。以降、武運の神様として参拝者が絶えず、のちに開運の神様と
して親しまれるようになりました。また、更に遡って由緒をたずねると、
それは、日本武尊(ヤマトタケルのミコト)が東夷討伐の帰路花又村に立
ち寄り戦勝を祝したことを縁とし、日本武尊の命日である11月の酉の日を
祭礼としたともいわれています。

しかしながら、武州は御府内から3里もあり遠かったことなどから次第に、
「新酉」浅草、鳥越の鷲神社が賑わうようになったようです。
また、吉原の隣り合わせにあったことも、「新酉」が賑わった理由かもし
れません。いつもは大門しか開けていない吉原がこの日には他の門も開け
て通り抜けられるようにしていたとか、お酉さまにかこつけて、吉原に繰
り出すのにも都合がよかったのでしょう…。また、日頃吉原には縁のない
人々もちょっと見たさの好奇心も手伝って出かけたからかもしれません…、
浅草の「新お酉さま」が流行ったようです。
江戸の人々の様子が浮世絵のように目に浮かびますね。
因みに、「本酉」の武州葛西花又村の大鷲神社は現在の足立区花畑(はなはた)
にあります。最寄り駅は日比谷線直通東武線【谷塚】です。

今年の酉の市は一の酉が11月11日、二の酉が11月23日です。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の話題

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フォト : 浅草酉の市ホームページより 熊手

http://www.torinoichi.biz/

2007年11月19日

C・S 〜カスタマーズサービス〜

先日、TVの修理をお願いしました。仕事柄、終始その様子をうかがいながら、
技術、かかった時間、費用そして対応と人柄、C・Sとは・・・と。
〇〇〇テクニカルサービスよりTVの修理に伺うとの電話が担当者より入り
ました。かねてからの約束どおり、当日の9時に・・・
半年もほおっておいたのですが、これも地元の電気店の紹介にて実現し、
うれしいことです。担当者が我が家にみえました。
TVを移動させ、敷物をひきその上にTVを置き、電動ペンチにてカバーを
はずします。
我が家にて13年を迎えたTVの中を見るのははじめて、ギッシリと部品が
つまっています。私はすっかりTVに見入ります。彼は故障が判明し、
費用を算出、「この位かかりますが、いかがですか?」と、私はすかさず
「おねがいします」と。
彼は作業を開始します。途中、電話が入りそれに答えています。手をやす
めることもなく、(こんな芸が出来るなんてオドロキです)30分足らずで終了。
このTVと同じぐらいのキャリアがあるとのこと。左手の指輪が目に入ります。
おしぼりをすすめ「缶コーヒーはいかがですか」と、「のどがかわいています
ので、いただきます」と、うけ答えにも姿にも人柄があふれています。
支払いをすませますと、アンケート用紙に記入して欲しいとのこと、技術だけ
でなく、いかにお客さまに満足していただけたかをすぐに反映させています。
また「何かありましたら、お電話下さい」と言い残して・・・
知識と技術、それにお客への対応、家の中に入る仕事にはそれなりに苦労
もあることと、お客さまへ満足していただけるよう、彼の姿には、さりげない
自信とさわやかな好感を残して去りました。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー マナー(接客)

2007年11月20日

結婚の儀に出席(第一礼装)

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婦人の第一礼装は、和服の場合は留袖となります。(未婚の方は振袖)
留袖も、黒留袖と色留袖があり基本的には五つ紋付となっています。
姪の結婚式があり、私は取って置きの色留袖で出席。
(少し自慢めいておりますが、うすグレー地に加賀友禅の小さな草花、
茶屋辻文様に鶴が群れ飛んで、雲のように裾に広がっている)帯、草履、
バッグ、それぞれ着物に合わせ礼装用のものとしました。
フォーマルの洋装より大変高価となり、一代出費となります。前回までは
黒留袖の出番が多く10数回(親戚が多いせいかもしれません)、まだこれ
からも何回か着る予定ですが、何回着てもおかしくなく、安心して出席で
きると思うと、決して高価ではないと思うのですが・・・
色留袖も出番を待っていますので、年を重ねるごとに美しい色留袖にしよう
かと楽しみにしています。
それぞれ家庭環境や価値観は違いますから一概に言えませんが、留袖を
お持ちでしたら是非是非、留袖でご出席ください。
“大和なでしこ”に生まれてよかったと思う一日です。
姪本人から、又多くの方々から“ありがとう”と喜ばれました。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Coral pink カテゴリー 婚

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イラスト : ホームページ素材集より「結婚式」

2007年11月21日

「小雪(しょうせつ)」と「大雪(たいせつ)」

11月23日は、「小雪(しょせつ)」。この日は「勤労感謝の日」でもありますね。
小雪(しょうせつ)とは小雪(こゆき)が舞い始める頃をいい、寒さもまだ厳しく
ありませんが、二十四節気の中に初めて「雪」が登場する日です。12月に入
れば7日には「大雪(たいせつ)」、雪が降り始め冬本番へと移り変わっていき
ます。でも、南北に長く伸びた日本列島では、すでに雪の季節を迎えていると
ころもあれば、まだまだ紅葉を楽しむというところも。

私が生まれ育った山口県の下関では、小雪(しょうせつ)の頃はまさに鮮やか
に色づいた木の葉が目を楽しませてくれる季節です。
中でも一段と風格をたたえているのが「功山寺(こうざんじ)」でしょうか。鎌倉
期に創建された禅寺で、国宝にも指定されている荘厳な佇まいの寺院です。
幕末に高杉晋作が明治維新への転機となる挙兵をした地としても知られてい
ます。
11月半ばを過ぎれば山門へ向う石段の両脇に続く真っ赤に色づいたモミジ・・・
のはずなのですが、今年はずいぶん紅葉が遅れていると聞きました。

この功山寺にも雪が舞うようになれば、風情もまたひとしおでしょう。精進料理
もいただけるこの寺院。心地よく冷たい空気に包まれて、ゆっくり味わうのも
よいでしょうね。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー 二十四節季

2007年11月22日

祭りをつづる

新嘗祭(にいなめさい)−勤労感謝の日

収穫の秋も過ぎ、各地では実りを祝う祭りが催されております。

全国幾多の祭りのしきたりはこれまた様々で、古くから受け継がれてきた伝統的なもの、そして近年になって生活様式の変化、西洋化によって少しずつ趣がかわってきているものもあります。更に開催日なども主催者側の都合や参加者を募りやすいようにする配慮から多少前後させる事もあります。

 新嘗祭(にいなめさい)という近年あまり耳にしなくなった祭儀は、宮廷及び皇室にて最も貴ばれてきた儀式で、旧暦の十一月の二番目の卯(う)の日に挙行されていました。明治五年十二月三日を境に太陰太陽暦から太陽暦への改暦が行なわれてからは十一月二十三日へと挙行日が改定され、戦後は「勤労感謝の日」に名称も改まって現在は国民の祝日となっています。

 ところで、なぜ皇室ではこの新嘗祭を大事としているのでしょう?

神道的な皇室の見方に関わる事なので仔細は記しませんが、食物は食べられることによりその種子が大地に根づいて再生(復活)するという考えに基づき、天皇がその年に実った新穀(しんこく)を神殿に供え、つまり八百万の神(やおよろずのかみ)に奉じ、自らも食して翌年の豊作を、すなわち今年の種子が大地にしっかり根づくことを祈願するという解釈が一般的です。

 しかし神代からの歴代の天皇の皇統譜とされる「古事記」を繙(ひもと)いてみると、状況はいささか複雑になってきます。

 日本の国土創成及びその様々な自然・文化を司どる神々を誕生させたとされる伊耶那岐命(いざなきのみこと)、伊耶那美命(いざなみのみこと)の両神ですが、この神々の誕生の過程で美神(伊耶那美命)は命を落としてしまいます。死後は人間の死を掌(つかさど)る黄泉国(よもつくに)の大神となったため、岐神(伊耶那岐命)は地底の黄泉国を訪れますが、現し国(うつしくに)に戻って死の穢(けが)れ禊(みそぎ)により落としたところ、岐神が左眼を洗った時に誕生したとされるのが天照大御神(あまてらすおほみかみ)という太陽の神です。この太陽の神に岐神は「御頸珠(みくびたま)」という自身の御首飾りを与えました。この首飾りにも神の名があり、それを御倉板挙の神(みくらたなのかみ)と言います。つまり神聖な倉の中の棚に祭った神という意味です。

 日本では倉の中の棚に祭るのは穀物、特に米なので、米の神を身につけた天照大御神は太陽の神であると同時に穀物の神でもあるということになります。さらにこれだけにとどまらず、岐神は天照大御神を高天の原(たかあまのはら)といういわゆる天上界の主宰神としました。従って日本神道の体系においてはこの天照大御神が最高の神であるということになりますが、八百万の神を祀(まつ)る立場から見れば特段に区別するわけではありません。

 また、天照大御神の両手には五百もの珠が統(す)べられた御統の玉(みすまるのたま)が巻かれており、これを噛んで吐き出した息から五神が生まれ、これが日本各地の氏族の祖先、ひいては日本人の祖となったとされております。それゆえに新嘗祭において祭壇に供えた米を食すことは穀物の神かつ我々の祖先である天照大御神を食すことでもありますから、これによって種子となる我々の子々孫々が末永くこの地に繁栄するようにと願ってこの祭りは大事とされてきたのです。

 悠久の神話は、またそれを紡(つむ)ぐ時代の歴史でもあります。祭りを各地で楽しむことは、それを執(と)る各地の神々と共に現代の歴史をも楽しんでいることと言えるのでしょう。祖先をうやまい子孫の繁栄を願うことに今も昔も違いはないのです。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Angel カテゴリー 季節の話題

2007年11月24日

バス停での会話

私がバス停に近づいたとき、ちょうどバスは走り出した。
「残念!もう少しだったのに。」時刻表を見ると、次のバスまで12分あります。
おもむろに近づいてきたご婦人が私に尋ねました。
「あとどのくらいでバスはきますか?」
「たった今行ったばかりなので、あと12分ですね。」と私。
ご婦人は話し出しました。
「私は今、額を買いに行ってきたのですよ。四つばかり入っています。
和布などつなぎ合わせて作った絵を額に入れて、孫やひ孫のお祝いのとき、
祝い金と一緒にあげるんです。」
「あらぁ、それは素敵ですね。心のこもった手作りのものを戴いて、
お孫さんたちもとてもよい記念になりますね。」私は答えました。
「邪魔になるかもしれないけど、作ることが好きなのです。」
とご婦人は嬉しそうに話しました。
「私は92歳になりました。」年齢を聞いて私は思わず驚きの声をあげて
しまいました。
しわの数も少なく、声に張りもあり、74、5歳ぐらいかと思っていたからです。
「88歳までは、一人で旅行もしていました。皆はやめるように言うけれど、
自分の体のことは自分が一番よく分かっているから、“大丈夫”だと私は行き
ました。3年前、自宅の階段で転んでからは、旅行はぴたりとやめました。」
私は、このご婦人とのバスを待つわずかの間の会話で考えました。
誰もが等しく年をとっていきます。このご婦人のように、元気に素敵に年を重ね
て生きたいものであると考えると同時に、また、年齢を理由に行動を制約しす
ぎることは慎みたいと思います。
なにしろ自分のことは自分が一番理解しているハズですから。
これから高齢化社会に向けて明るく元気にポジティブに生きましょう。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ブレンド カテゴリー マナー(心)

2007年11月26日

「歴史上の人物と和菓子展」

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贈答シーズンにタイムリーな企画〜「歴史上の人物と和菓子展」〜
日本の名店(8店)が、フランスの三ツ星レストランの称号を与えられたと
のニュースで湧いています。
我国の和・洋の食文化が異文化圏、それも食文化の冴えたるフランスに
認められたのです。
どこにそのポイントがあったのでしょう。・・・!
大変興味津々そのニュースにききいりました。
そのような折に室町時代後期に京都で創業の虎屋(本社は東京の赤坂)
にて「歴史上の人物と和菓子展」の開催を知りました。
ことのほか食文化に関心をもって追求していますことから、この度も興味
深く歴史上の人物がどのような菓子におもいを託し好まれたかと足を運ん
でみました。
六月の嘉祥菓子は以前、このページにて紹介をしておりましたがこの度
は天下人織田信長に宣教師が贈った金平糖、水戸黄門が友人の誕生祝に
注文した福寿饅頭、忠臣蔵の吉良上野介が賞味したカステラ等々、25名
からなる人物と和菓子のエピソードを紹介しています。
鎌倉時代より儀式にまた、喫茶の風習とともに菓子に変化がみられます。
一部を紹介しますと、信長の南蛮物好みは非常に有名であったようで、
競って膨大な南蛮渡来の品々を、京の有力者が信長に贈ったそうです。
Confeitoはポルトガル語で砂糖菓子のことですが、信長が手にしたもの
は現在のようなきれいな角ではなく、でこぼこした素朴なものであった
ようです。
又、幕府の儀式全般に携わる高家の一人である吉良上野介は京都に
上り、伏見宮邦永親王より虎屋の菓子を贈られたそうです。
「かすていら、さたうかや、こほれ梅、けんひ、落雁」で、カステラのほか、
日持ちがするものが多いことがうかがえ、宮家からの心尽くしの菓子を
京で食したのでしょうか?それとも、江戸へ持ち帰ったのでしょ
うか?・・・と想像してみました。
疲れた時には脳に甘いものをと、甘い菓子はおいしく、人をしあわせな
気分にさせてくれます。砂糖の無い時代は、果物や木の実を菓子として
いました。
砂糖は高級な渡来のもの、明治以降やっと菓子につかわれ始めました
が、それもかなり高級品で上流社会のものでした。庶民の口には手が
届かなかったようです。
さて、贈答には老舗(しにせ)の羊羹、最中が好まれます。しにせの
菓子ほど重宝がられます。それもそのはずです。
和菓子にはその菓子の意匠、名前にはすべて意味があり、そこには日本
独特の文化、歴史、伝統が息づいています。
食する時には、古来から大切にしてきた価値観、美意識をかんじながら、
その室礼(しつらい)と作法をさまざまに堪能します。
和菓子は異国の香りも取り込み、日常生活の一部として食後のデザート
や友人への手土産に、また節目の祝いの席にと、伝統的な色と彩りを
織り込み、あらゆる日本文化の粋がひとつの形となって実を結んだものです。
歴史ある和菓子を大切に折にふれ、たのしみたいものです。
(食は三代と申しますから・・・)
※虎屋は、昭和55年(1980年)にパリに店舗を開設し、和菓子を通じた
日本文化の紹介と相互交流を目指しています。
羊羹が大好物、折にふれ口福をかみしめます。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 文化

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フォト : 銀座東京羊羹 二百年前の羊羹が描かれた絵暦

2007年11月27日

言葉は通じなくても…

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私は先日、久しぶりに主人と晩秋の鎌倉へと足を運んで参りました。
今年は本当に忙しくて、気が付けばあと数日で師走ということで、せめて日帰り
でいいからどこかへ…という話に急遽なり、出掛けて来たのであります。
すると北鎌倉の駅をはじめ、周辺はほとんどが、多くの人で混雑、まさか“江の
電”で通勤ラッシュ状態を味わうことになるとは、夢にも思っていませんでした。
そういった状況でありますから、もちろん多くの外国人観光客とも、すれ違いま
した。あるグループは、カメラを片手に「写真を撮って下さい」と、またあるグル
ープは「この駅は長谷でいいんですか」と…、しかし、話しかけられるのは私で
はなく、全く英語が話せないに等しい、主人ばかり…、私も決して英語がペラ
ペラというわけではありませんが、主人よりはかなり“マシ”であると自負して
いただけに、何となく残念…、しかも私達夫婦は以前より、自分自身のことを
“話しかけられやすい人”と自負!?していたこともあり、私としては…冷静に考
えてみた…。私は特に最近、心に余裕が無かったなと…きっとそれが何となく
ではあるが、相手に伝わっていたのではないかと…。
接客サービスのマナー等を学び始めた頃のポイントを思い出す機会となりました。
今回のことは…
「サービス(接客)する側の人は特に、話しかけられやすい雰囲気をいつも持って
いること」
晩秋の鎌倉は、見る楽しさのみならず、人への心の在り方までも気付かせてくれ
ました。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Oyasai カテゴリー マナー

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フォト : Photoコレクションより 秋の色

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2007年11月29日

桃にさくら、そして藍・・・

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最近のスポーツ界の女性の活躍には目を見張るものがあります。プロゴルファーの上田桃子選手、横峰さくら選手、宮里藍選手。世界に通じる実力の程はさることながら、インタビューの受け答えのしっかりしていること!
また、3選手の名前が嬉しいですね。「桃」、「さくら」、そしてジャパンブルーの「藍」。私たち日本人のハートをつかんで放さない訳です。

それに冬の華であるフィギュアスケートの浅田真央選手や中野友加里選手、安藤美姫選手の高い技術と精神力、そしてエレガントさ・・・。

この若き女性アスリートのマイクに向って自己反省と新たなる挑戦意欲を述べている姿には脱帽。私が十代や二十代の頃はどうだったかな・・・なんて思うと、自分が恥ずかしくなってしまいます。

本当に「あっぱれ」の一言ですね!


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー マナー(立居振舞)

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イラスト : センスアップするための素材集より

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