
贈答シーズンにタイムリーな企画〜「歴史上の人物と和菓子展」〜
日本の名店(8店)が、フランスの三ツ星レストランの称号を与えられたと
のニュースで湧いています。
我国の和・洋の食文化が異文化圏、それも食文化の冴えたるフランスに
認められたのです。
どこにそのポイントがあったのでしょう。・・・!
大変興味津々そのニュースにききいりました。
そのような折に室町時代後期に京都で創業の虎屋(本社は東京の赤坂)
にて「歴史上の人物と和菓子展」の開催を知りました。
ことのほか食文化に関心をもって追求していますことから、この度も興味
深く歴史上の人物がどのような菓子におもいを託し好まれたかと足を運ん
でみました。
六月の嘉祥菓子は以前、このページにて紹介をしておりましたがこの度
は天下人織田信長に宣教師が贈った金平糖、水戸黄門が友人の誕生祝に
注文した福寿饅頭、忠臣蔵の吉良上野介が賞味したカステラ等々、25名
からなる人物と和菓子のエピソードを紹介しています。
鎌倉時代より儀式にまた、喫茶の風習とともに菓子に変化がみられます。
一部を紹介しますと、信長の南蛮物好みは非常に有名であったようで、
競って膨大な南蛮渡来の品々を、京の有力者が信長に贈ったそうです。
Confeitoはポルトガル語で砂糖菓子のことですが、信長が手にしたもの
は現在のようなきれいな角ではなく、でこぼこした素朴なものであった
ようです。
又、幕府の儀式全般に携わる高家の一人である吉良上野介は京都に
上り、伏見宮邦永親王より虎屋の菓子を贈られたそうです。
「かすていら、さたうかや、こほれ梅、けんひ、落雁」で、カステラのほか、
日持ちがするものが多いことがうかがえ、宮家からの心尽くしの菓子を
京で食したのでしょうか?それとも、江戸へ持ち帰ったのでしょ
うか?・・・と想像してみました。
疲れた時には脳に甘いものをと、甘い菓子はおいしく、人をしあわせな
気分にさせてくれます。砂糖の無い時代は、果物や木の実を菓子として
いました。
砂糖は高級な渡来のもの、明治以降やっと菓子につかわれ始めました
が、それもかなり高級品で上流社会のものでした。庶民の口には手が
届かなかったようです。
さて、贈答には老舗(しにせ)の羊羹、最中が好まれます。しにせの
菓子ほど重宝がられます。それもそのはずです。
和菓子にはその菓子の意匠、名前にはすべて意味があり、そこには日本
独特の文化、歴史、伝統が息づいています。
食する時には、古来から大切にしてきた価値観、美意識をかんじながら、
その室礼(しつらい)と作法をさまざまに堪能します。
和菓子は異国の香りも取り込み、日常生活の一部として食後のデザート
や友人への手土産に、また節目の祝いの席にと、伝統的な色と彩りを
織り込み、あらゆる日本文化の粋がひとつの形となって実を結んだものです。
歴史ある和菓子を大切に折にふれ、たのしみたいものです。
(食は三代と申しますから・・・)
※虎屋は、昭和55年(1980年)にパリに店舗を開設し、和菓子を通じた
日本文化の紹介と相互交流を目指しています。
羊羹が大好物、折にふれ口福をかみしめます。
冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 文化
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フォト : 銀座東京羊羹 二百年前の羊羹が描かれた絵暦