四国のお遍路さんのお接待 (その2)からのつづき
高松3日目の朝も快晴です。朝早くからKさんが最後の1日のご案内をして下さいます。
このKさんこそが高松とのご縁を下さった方なのです。まだお若い女性です。
昨日も歌舞伎の後は琴平宮を私がお詣りするのを待っていて下さり、高松空港近くのサンセットポイントまで夕日を見にドライブして下さいました。瀬戸内海の静かな海を横目で見、小高い丘に落ちる夕日を一緒に拝みました。美しい夕日でした。(写真)
夕食も彼女のお薦めのお店(古民家のイタリアン)で、お友達も交えて楽しい一時でした。
そして、今朝は、素敵な方にお引き合わせ下さいます。
茶道の研究家でもあるお茶人です。後継のいらっしゃらないこの方は、ご自身のお道具を市に寄贈し、資料館として開放なさっていらっしゃいます。その庵の名は「恕庵」です。
Kさんが2年前の私どもの公演の場所を探している時にこの「恕庵」を見つけて、それ以来その庵でお茶のお稽古を始めたのだそうです。Kさんは私のブログを読み「恕」の話を一番最初のマナー講座で話しているのを知り、「いつかお引き合わせを」と密かに考えてらしたそうです。
「恕庵」の主(あるじ)は、初対面の突然の訪問にも拘わらず、3時間近くもお話下さり、お茶室やお道具を拝見させて頂きました。おもてなしのお菓子は大宰府のもの。いつ誰が来てもよいように備えていらっしゃるのですね。しかも取り寄せのお菓子です。
お抹茶を頂き、おしゃべりに時のたつのも忘れました。話は、主(あるじ)の生死を分けた不思議な人生の巡り合わせの話にまで至りました。
お茶も人生も奥深く、懐の広い方です。教えを受けたいと感じました。
去り難い気持ちを抑え辞去する私どもを表まで見送っ下さいました。晴れ渡った空に鶯谷が鳴きました。Kさんのおかげで本当に爽やかな時を過ごさせて頂きました。
その後は下見も兼ねて、農村歌舞伎の舞台のある【四国村】に連れて行って下さいました。
和三盆を作っていた小屋というのも移築して残してあります。いつも頂く【おいばね】のお菓子はこうやって作られていたのだと、改めて思いました。
お菓子も人々の生活も実際に触れてこそわかることができます。今の時代はインターネットや、情報器機が生活の中心にあり、実際に遠くまで出かけて行かなくても情報が得られ、見ていなくても見たような気になり、知った気になってしまうことが多々あります。
怖いことも知れません…。
ランチは讃岐うどん。
信号の数より遥かに多いと言われている讃岐うどんの店。
1日目の讃岐うどんは、市の観光課の方の案内で庶民的な讃岐うどんの食べ方を教えて頂きました。映画「うどん」にも多々出てきたお店です。
そして今日は、風格のあるお店です。どちらも全く違って、いずれよしです。
シコシコしたうどんとダシのきいためんつゆに蕎麦湯を注ぎ、残さず一緒に、四国の旅を飲みこんで、春爛漫の四国高松をあとに一路東京へ…。
空港ではチェックインの後も、最後の最後までお互いに手をふり立ち止まって別れを惜しみました。
【お遍路さんのおせったい】の心は今も讃岐の人々の中にあります。
讃岐だけではありません。日本のあちらこちらにおせったいの心はあります。
住まいするわけではない者たちへの温かい配慮…おもてなしの心です。
私は、いつも、帰りの飛行機の中で、『万が一この飛行機が落ちたとしても、悔いはない』と思うのであります。
冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の話題
四国のお遍路さんのお接待 (その1)
http://www.manaken.net/blog/2008/04/post_188.html
四国のお遍路さんのお接待 (その2)
http://www.manaken.net/blog/2008/04/post_196.html