
兼好法師は「徒然草」の中で「家のつくりやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。」という。
平安時代の寝殿造りはまさに、日本の夏を少しでも快適に過ごす為につくられていたようなもの。床下も高く、天井も高い。御簾で仕切られた広間の様子は、源氏物語絵巻にもその様を見ることが出来るので、いかに夏向きであったかが理解出来る。
襖を外せば大広間になる家で生まれ育つ… 天井も高く、踏み石に上らなければ家に入れないほど床も高く、縁の下には風が見事に吹きぬけていたのは、私の嫁ぐまでの我家の話しである。たらいに張った水のぬるむのを待って行水をし、浴衣を羽織る。うちわを片手に縁台に座り、井戸水で冷やしたスイカに舌づつみ。蚊帳をつった夜は戸を開け放し、風鈴や虫の繊細な音に涼を感じた。世界文学全集を持って土蔵に入ることも夏休みならではのこと。時にはお化け屋敷をのぞき、怪談話しに耳をかたむけ、背中にゾッと寒気を感じたりと…思い出は尽きない。 川辺の夕涼みや打ち水をした縁台での語らいに盛夏をしのぐ。これは庶民の納涼文化である。避暑という発想が乏しかったのは、江戸時代までの日本人。京都や江戸の猛暑を耐えるのは、将軍も天皇も庶民も同じであった。暑さは皆平等であり、氷室から切り出された氷を、天皇や将軍へ献上する行事もなされた。今もその様式を伝統としてみることは出来るが…
皆で揃って打ち水作戦をし、猛暑をしのぐ。暑さから逃げ出すことの出来ない日々は、そうして先人の知恵が地域の人々とのコミュニケーションも含めて、私たちを楽しませてくれる。今様の納涼文化である。
涼を求めて雪や寒気の残る所に出掛けてもみたくなる。暑さを避け、しばらくは居を移すことを始めたのは明治以降のこと。カナダ人宣教師のアレキサンダー・ショーが軽井沢に別荘を作り過ごしたのが初め。今ではこぞって暑さを避けるようになり移動する。文化的な生活もよいが、先人の残した知恵と工夫を駆使して、平等の暑さを、いかに快適に…と愉しみたい。
冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の話題
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フォト : 軽井沢 ショー記念礼拝堂