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2011年04月 アーカイブ

2011年04月04日

愛と希望のエール

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 私は27日の日曜日に、所属する青少年団体の子どもたちと大震災の義援金募金活動をいたしました。正午から2時まで団体の活動拠点である池袋駅東口周辺の街頭に立ちました。池袋駅周辺ではあちこちで、少年野球チームなどの種々の団体が募金活動をしていました。
 毎年、赤い羽根共同募金と緑の羽根募金、ユニセフ募金を実施していますが、
これらの募金に比して約4倍の募金が集まりました。募金してくださった方々は、会社やその他の場所で募金は済ませておいででしょうに、きっと何度も募金されているのではと思いました。募金箱を持っている子どもが二人いましたが、二つの募金箱にお金を入れてくださる方も目立ちました。最近の募金では長引く不況の影響もあり、お札を入れてくださる方は少なかったのですが、今回は1万円札が5枚も入っていました。硬貨よりも千円札が多く、何枚もまとめて入れてくださる方も大勢いました。
 毎年恒例の募金では主催の募金協会が募金箱を貸与してくださいますし、募金場所の使用申請も協会を通じて簡単に行うことができます。今回は管轄の警察署に何度も足を運び、手数料免除で道路使用許可をいただくことができました。募金箱は小さめの段ボール箱や靴の箱を利用して、紙を貼って子どもたちが手作りで用意しました。
 募金を終えて集計作業をする時は手が震える思いでした。これはただのお金ではない、何人もの方々の気持ちが詰まったお札と硬貨をお預かりしている、そう思いつつ、慎重に細心の注意を払って集計させていただきました。所属団体の地区組織を経て、日本赤十字社へ送らせていただくことになっております。
 集計をしてみてわかったのですが、お札はどれもみな綺麗なお札なのです。使いふるしたヨレヨレの汚いお札は1枚もありませんでした。募金をしてくださった方々はお財布からお札を出す時に、綺麗なお札を選んでいたのです。
 ご協力誠にありがとうございました。募金をしてくださった方々から、日本の心を学ばせていただきました。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー ボランティア
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2011年04月05日

それぞれの卒業式

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私が講師をしている教え子たちの卒業式は震災で中止になりました。謝恩会も中止でした。
ほとんどの大学で卒業式は中止されました。

そんな中でうれしかったのは、被災地の小学校で行なわれた卒業式でした。

避難所となった体育館で挙行された卒業式は希望そのものでした。本当に良かったです!嬉しかったです!テレビの前でたくさんの人たちに見守られた卒業式でした。

そして、被災地の小学生に手渡される卒業証書には、中止になった大学生たちの分まで思いが込められたと思います。

津波で流され、水に濡れた卒業証書には、強さと生きる希望が込められました。
卒業式が挙行された人たちも、中止になった人たちも、人生の大きな節目をこのような災害の中で、冷静に迎えた卒業生たち皆さんに、大きな拍手とエールを贈りたいです。

4月、『卯月』卯の花の咲く頃にちなんだ呼び名です。また、『産む』『初』を意味するとも言います。そして、稲を『植える』の意味もあるそうです。

困難や不安に負けないで一歩を踏み出してくださった皆さんに『堅実な未来』(カンナの花言葉)を祈りながら、今、広島原爆からたった1ヶ月で咲いた希望の花カンナの株分け植栽(カンナ・プロジェクト)の作業を庭でしています。

卯月の意味を思い出して、作業をとめてしまわないで、花を植えることにします!
稲を植えましょう!花を植えましょう!
そして、希望の種を自分の心の中にも植えていきましょう。
今卯月はそんな月です。

今植えた花の芽が出るように、葉が伸びるように、花の蕾が膨らむように、そして、一緒に復興の花を咲かせていきましょう!

『絶望』は『望み』を『絶つ』と書きます。希望の花を枯れさせないようにたくさんたくさん、心に花を植えましょう!

もうすぐ桜も満開になります。冬が寒ければ寒いほど美しい花がさくと……

写真は卒業式はなくなったけれど袴をつけてお世話になったキャンパスにお礼にいく大学生。母校に別れを告げて、向き直り一歩を踏みだす瞬間です。

今年の卒業式はそれぞれに意味深い卒業式となったと思います。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi   カテゴリー 季節の行事
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フォト : 卒業式

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2011年04月06日

相手の心を開き、心に迫る - 挨拶 -

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 2011年4月。新しいスーツに身を包み、新社会人として働き始めた皆さん、おめでとうございます。これからの社会を担うべく、それぞれの道で力を発揮していって下さい。皆様のご活躍を心よりお祈りしております。

 さて、新入社員の方が、真っ先に身につけることは『挨拶』です。勿論社会人○年生の皆様も『挨拶』はとても大切です。
 挨拶は、ビジネスの基本です。事は「挨拶に始まり、挨拶に終わる」とも言われているように、初めの挨拶で第一印象が決まってしまいます。第一印象が出会いの決め手だとすれば、挨拶は人間関係構築の第一歩となりますので、社内、社外を問わず、キチンとした挨拶を心がけていただきたいと思います。
 挨拶は、「あ」あかるく 「い」いつでも 「さ」先に 「つ」続けて 実行することが大事です。
 笑顔で相手の目を見て大きな声でハッキリと明るくあいさつをしましょう。笑顔の挨拶は相手に心を伝えます。
 挨拶は、省略せず最後まで言葉にしましょう。そして、礼儀正しいお辞儀と共に挨拶をします。礼儀正しいお辞儀は、折り目正しさを伝えることが出来ます。
 歩いているときに出会ったら、立ち止まって挨拶をします。言葉の最後(「おはようございます」なら最後の「す」)を言い終わってからお辞儀をします。相手により、15度の会釈、30度くらいの敬礼、45度の最敬礼に使い分けましょう。お客様への挨拶は最敬礼、同僚には会釈、多少改まった場合は敬礼です。また、どうしても言葉を交わせない場合にはアイコンタクトを使って挨拶をします。
 これが挨拶の基本ですが、更に感じの良い挨拶を身につけたいものです。
 そして、ポイントとしては、いつも続けることが大切です。気分で昨日は挨拶したが、今日はしない。といった態度は、相手に不安や不満を抱かせます。いつも欠かさず明るい挨拶をしましょう。
 また、相手に聞こえていなければ、していてもしていないのと同じです。気持ちを込めて明るくはっきりとした声で挨拶しましょう。
 相手の挨拶を待つのではなく、立場の上下関係に関わらずに自分から進んで挨拶をしましょう。
 挨拶の後に、続けて名前や何かひと言付け加えるのも良いでしょう。ひと言プラスすることで、会話になり、相手との距離も縮めることができます。
 まずは自分から、感じの良い挨拶を実践すれば、周りにも浸透していき、職場の雰囲気も良くなるはずです。職場の雰囲気が良ければ、職場全体の和が生まれ、仕事のしやすい環境を作り上げることができます。
 新入社員の第一歩、明るく元気な感じの良い挨拶を心がけましょう。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー マナー・礼儀
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2011年04月07日

雨ニモマケズ

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 昨日の朝日新聞朝刊の裏紙面に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が大きく載りました。岩手県大槌町の小学校の卒業式で、校長先生が卒業生へ贈る言葉として「雨ニモマケズ」を朗読されたという記事でした。
俳優の渡辺謙さんが「雨ニモマケズ」を朗読する映像が、動画サイト「ユーチューブ」で配信されていることも載っていました。

「雨ニモマケズ」の詩は、宮沢賢治が亡くなった後、ぼろぼろの手帳に鉛筆でしたためられているのが見つかったものです。賢治は故郷と故郷の人々を愛し、身を呈して農業発展のために尽くし、37歳で力尽きるまで全力で駆け抜けました。「雨ニモマケズ」には、彼の悲しみや苦しみや生きていくことの意味が宿っています。貧しさの中でも人のお役に立ちたいと願った賢治の気高い魂は日本人の誇りです。

都会の学生さんたちが被災地でボランティアとして汗を流しているというニュースも伝えられています。人のお役に立てることを幸せと思う若い方が増えています。
今自分にできることを考えている方がたくさんいると思います。私も自分の役割や立場を顧みてできることはいっぱい見えてきました。

3年ほど前に、被災地となった岩手県久慈市の近くの北山崎に星を見に出かけました。学生の頃に見た夜空一面の星空が忘れられなかったからです。生憎、曇天で期待の星空には再会できませんでした。きっと今もあの星たちは三陸の海岸を照らしていると思います。
また会いに行きます。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー ボランティア
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フォト : 渡辺謙さんが「雨ニモマケズ」を朗読する映像


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2011年04月08日

桜丘は満開、教室も笑顔満開

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小学校の入学式に向かう、あるいは帰る親子の初々しい姿をあちらこちらで見かけ、思わず笑みがこぼれます。

今年は、被災者に遠慮したかのように、いくぶんピンクの色が淡い桜。そんな遠慮がちな桜の下をカラフルなランドセルがスキップしながら揺れて過ぎるのを見ていると被災者にも笑顔が戻ってきます。

私どもの協会のある桜丘は名前の通り桜の咲く丘であります。ここでも、講師を目指す新しい生徒さんを迎え授業が始まりました。外は満開の桜、教室では笑顔が満開です。

春で良かった!

桜の花の間から明るい空がみえていました。

大地よ、まだエネルギーが余っているのならば、名もない花でよいから、たくさんの花を咲かせることにそのエネルギーを与えて下さい。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の話題
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2011年04月12日

ドイツからの伝言

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 震災から二日後、こんな時に不謹慎かと悩みながらもドイツに行ってきました。成田までの電車さえおぼつかない中、何とか成田には着きましたが、予定していた便は100人ものオーバーブッキング。10時間も待たされた挙句、中東のドバイ経由でミュンヘンにたどり着くことができました。

 日曜の夜に着くはずが月曜の午後になったので予定していたオプショナルツアーには間に合わなくなりましたが、ホテルにいても仕方がないので街中に出てみました。市庁舎前の広場まで来ると大きな声で「Help Japan!  Help Japan!」と叫びながら募金活動をしている若者の集団を見かけました。
 
 翌日、レストランで食事をとっているとウェイターさんがやってきてどこから来たのかと聞くのです。「ヤーパン(日本)」と答えると彼は自分は英語が上手くないが、と前置きして「日本で何が起こったか知っている。心配している。そして祈っている」と右手を左胸の上において言いました。
 
 その日の夜、サッカーの試合を観に行きました。両チームの選手の入場に続いて横断幕が入ってきました。‘わたしたちは日本のみなさまとともにいます’と日本語で書かれていました。電光掲示板には‘WITH YOU JAPAN’。感謝の気持ちでいっぱいになりました。試合終了後、インテル所属の長友選手がコメントのたくさん書かれた日の丸を掲げてピッチに戻ってきました。彼にとってミュンヘンは敵地です。それでもスタジアムの人々は誰もブーイングすることなく長友選手と彼の掲げた日の丸を温かく見守ってくれました。

 次の日、古城を訪ねるツアーに参加しました。日本人ばかり15人ほどのグループで説明の音声を聞きつつ城内をまわっていると、係の女性が私たちに向って英語で話しかけました。「日本人はとても礼儀正しく、控えめだと知っています。でも今ははっきり言ってください。ふるさとがダメージを受けて帰れる状態でなかったり、安全だと思えなかったりするのなら、どうぞ我が家へ来てください。私の家には余っている部屋がいくつかあります。好きなだけ滞在してくれて大丈夫です。困っている人がいたら助けるのは人として当たり前のことです」と。

 この時期に日本の外に出たからこそ聞けた言葉や経験の数々です。ご紹介したのはほんの一部ですが、確かに受け取ったドイツの人々の温かい気持ちを、この場を借りて被災者の皆様にお伝えできたら嬉しく思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari  カテゴリー こころ豊かに
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フォト : 日の丸を掲げる長友選手


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2011年04月15日

-- 春景色 憂愁 --

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 木々は黄緑に染まり、桜の木は淡いピンク色が連なる、畑は一面の緑、何が植えてあるのであろう… 麦、それとも蓮華草。のどかな田園風景が人家とともに、目に入るビニールハウスもなんと多いことか。中の植物は何であろうかと想像を廻らす。緩やかに陽は西へ傾きはじめ、それを追うごとくに博多行きの新幹線“のぞみ”は進んでいく。昨年と変らぬ風景に安堵し、訓練された乗務員の姿に、心配りのあるサービスとアナウンスはいっそう非日常を豊かにさせてくれる。
 目の前を流れる新聞社のニュースが、大震災のその後を伝えている。あまりにも大きすぎた震災。心が痛み言葉を飲み込む。こうして仕事に向かえることに感謝し、車窓から今年もこいのぼりの泳ぐ姿を目に、緑と桜の美しい四月。人々の営みは変っていない。文化を大切に日々の営みは続けられている。きっと日本中にまたこうした日々が蘇る、その姿を思い浮かべている。大切にしてきた思いは失われない。人々の暮らしも生活も、景色も文化も産業も、かつての形とは変っているかもしれないが… 思いは失われずに存在し続ける。私たちの思いは実現する。変らずにある営みと景色の続きのあることを描きながら…
 “間もなく名古屋”の案内が、あのメロディとともに流れる。「いい日旅立ち」のメロディである。やがて京都、新大阪へと続く。いつの日か、東北新幹線でもかつて出会った美しい四月の風景に、再び出会えることを思い浮かべながら…

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の話題
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フォト : 新幹線のぞみ


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2011年04月20日

『百穀春雨』 -- 穀雨 --

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 2011年4月20日は二十四節気で『穀雨』です。穀雨とは「雨が降って百穀を潤す」『百穀春雨』という意味からきている言葉で、この時期は柔らかい春雨が降る日が多くなります。
 しとしとと降る雨は、ちょっと気分も重くなりがちですが、穀物が大きくなるために必要な雨です。つまり、私達が生きるためにも必要な恵みの雨でもあります。
 そして、穀雨は、種まきなどを始めるのに適した時期なので、農作業の目安にされています。太陽の高度もだいぶ高まり、光の強さが感じられます。春の訪れが遅い東北や北海道でも、春らしくなってきます。
 暦の上では「穀雨」が過ぎると、夏に入ります。
 「穀雨」の雨は百穀を潤し、花が咲く。やがてその花が散り、若葉が生い茂る頃になると、季節は梅雨から夏に変わっていきます。
 今、この春の訪れを一番待ち遠しく思っているのは、未曾有の大地震で災害を受けた被災地の方々でしょう。そして、この災害に心を痛める全ての人々です。
 この雨が、これから芽吹く新緑を美しくし、夏を連れてきます。そして皆に元気と勇気と活力を与え、人々が活発に行動できるようになるでしょう。
 季節の移り変わりと共に、少しでも復興へ向け前進していくことを、心よりお祈り致します。
 
 がんばれ!日本
 これからが活力みなぎる素晴らしい季節です。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 年中行事
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2011年04月21日

サン・ジョルディの日

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 4月23日は、バルセロナを州都とするカタルーニャ地方の伝統的な祝祭日であるサン・ジョルディの日です。日本では耳慣れない日ですが、カタルーニャ地方の人々にとっては、自由と自治を獲得した大切な記念日となっています。
 サン・ジョルディは、カタルーニャの守護聖人である騎士の名前です。昔、カタルーニャ地方には住民を脅かす恐ろしい竜が住んでおり、住民は若い娘を生贄として竜に捧げていました。ある時、その生贄に王家の姫が選ばれてしまい、騎士サン・ジョルディが竜を相手に勇敢に闘い、姫を助けたという伝説が
記念日の由来です。
 カタルーニャ地方には、自由と言語を奪ったフランコ独裁政権に虐げられてきた長い苦難の歴史があります。サン・ジョルディの雄姿は独裁政権と闘う精神と重なり、カタルーニャ人にとっては、サン・ジョルディの日は解放を象徴する日となりました。
 カタルーニャ地方ではこの日を祝うために、男性は女性に1本の赤いバラを贈り、女性は男性に1冊の本を贈ります。一般的には赤いバラは美と愛、本は教養と知性を表しています。カタルーニャ人にとっては、バラは独裁者の死の証である血を、本は圧政によって失ったカタラン語を象徴しているのです。
この日、街のあちこちに花と本の市がたち賑わいを見せます。平和の騎士サン・ジョルディに託したカタルーニャ人の愛と勇気と希望が息づいています。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事
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2011年04月22日

イースター

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 イースターは、日本では復活祭と呼んでいますが、キリスト教で最も重要な行事とされています。十字架にかけられて処刑されたイエス・キリストが、三日目に復活したことを記念する復活の主日です。イースターは毎年、日付が変わる移動祝祭日で、春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日と決められています。3月21日から4月24日の間となりますが、2009年は4月12日、2010年は4月4日でした。本年2011年は4月24日にあたります。
 イースターには色をつけたイースターエッグを配る習慣がありますが、生命や復活を象徴するものとして卵が使われてきたと言われています。卵はイースターうさぎが運んで来たとされ、子だくさんのうさぎは繁栄や多産のシンボルとされおり、うさぎがそのままイースターのシンボルとなっています。
 欧米では、カラフルな紙やペイントで卵を彩って家に飾ったり、庭に卵を隠して子どもに探させるエッグハントを行ったり、卵をスプーンに乗せ落として割らないように走って競うエッグレースなるものもあるようです。ホワイトハウスでは丘の上から卵を転がすエッグロールが有名ですし、ニューヨークのイースターパレードは賑やかに繰り広げられます。家族や友人の間でイースターカードを送ったり、卵型やうさぎ型のチョコレートを交換し合う風習もあります。
 日本の今年の干支のうさぎとイースターバニーは相当、容貌が違いますが、ともに大いに飛び跳ねて幸せを運んできてくれますでしょうか。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事
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2011年04月25日

-- 出会い --

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 満開の桜とともに、新入生を迎える。
 志しを持ち、今が充電期間と、自分の仕事により強みを加えることにもなると大きく夢を膨らませた女性。また、自分には上司がいない、その中で人としてもっと成長し、飛躍していく為にもマナーを学び、そのすべてを取り込みたいと入学の動機を語る男性。嬉しいことである。
志しを一つにして、互いに人生を重ねながら、様々な事象の中で起き得る事柄を静かに受け止め、慌てず、うろたえることなく、大人としての処し方を実践する。それも自分だけに留まらず、周りの方々と共にあることで一層強固となる。人は一人では生きていけない。「我以外皆師なり」とは、作家 吉川英治の言葉である。学びは、人からも、大いなる自然からも、動物の世界からも… 五感を通して求めようとすれば、欲すれば、謙虚にそのことに向かうことで得られるのである。決して大きく望むのではない、一歩一歩少しずつ少しずつ、時を重ねることでその思いは形となって表れる。
春の出会いは五感を研ぎ澄ませ、今までもそうであったように、これからの時も体の隅々まで行き渡らせるように…そうありたいと思う。若い20才の専門学校の生徒の、入学式での決意と、それを見守る父母の姿は、大変な今の世でも、しっかりと目の前を見て歩み続けようとしている。ひたむきな彼らから教えられ、自らを鼓舞して様々な出会いの中からエールを送り、また送られ、良い出会いであったと思えるように、今を大切に、今を生きたいと思う。
マナーの心は愛の精神。万国共通である。思いやりの心が、今ほど大切で必要であるかを、出会いの中から一層届けたいと…
春の出会いは新たな発見と、更なる学びの場でもある。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー マナー心
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2011年04月27日

4月29日は?

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 さて、簡単なクイズです。4月29日は何の日でしょう? ゴールデンウィークの始まる日! それも正解ですが、私の答えは‘天皇誕生日だった’です。昭和50年くらいまでに生まれた方にはきっと‘天皇誕生日’としてしっかりインプットされていると思うのですが、正解は‘昭和の日’ですね。

 ‘昭和の日’というのは「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」なのだそうです。確かに日本は、敗戦の焼野原から奇蹟と言われる復興を遂げました。高度成長期の頃には景気は良くて当たり前、消費は美徳などという時代があったのです。「大きいことはいいことだ」などというコマーシャルもありました。少しでも豊かな暮らしを求めて国を挙げて頑張ってきたのです。欧米諸国に追いつき、そして追い越し・・・決してそれが間違っていたとは思いません。日本人の努力のたまものだったと思います。

しかし、物が豊かになるということと心が豊かになるということは決してイコールではないことに今、皆が気づきはじめたのではないでしょうか。豊かさを求めるあまり、危険と隣り合わせの暮らしをしていることに目をつぶっていました。これからは多少の不便は我慢してでも安心して暮らせる方を私は選びたいです。駅が暗くても、エスカレーターが動いていなくてもそれが安全な暮らしにつながるのならかまいません。‘昭和’の時代の生活に戻るのは無理ですが、本当に必要なこととなくてもすむことを皆で考える時なのかもしれません。国の将来を考える大切な日にしたいですね。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari  カテゴリー 年中行事
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2011年04月28日

メーデー

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メーデーは英語のMay Day、つまり5月の日です。ヨーロッパではこの日に春の訪れを祝う「五月祭」が催されてきましたが、労働者の祭典として日本では認知されています。労働者が団結して権利を要求する日であり、世界的に毎年5月1日がメーデーとされています。メーデーは労働者の日でありますが、いくつかの国では独自の労働者の日を別に9月や10月に設定しています。

メーデーのきっかけとなったのは、アメリカ合衆国の労働組合が8時間労働制を要求して行った1886年5月1日のストライキです。当時のアメリカは、労働者が低賃金で1日12時間以上も働かされる時代でした。8時間の労働、8時間の休息、8時間の自由を勝ち取るために労働者が自ら立ち上がりました。

1890年5月1日、第1回国際メーデーが実行され、労働者が権利を主張する運動として、さらには国民が要求を掲げる日として発展していきました。

日本では1920年に東京の上野公園で初めてメーデーが行われ、1万人ほどの労働者が集結し、8時間労働制や最低賃金法の制定などを訴えました。その後盛り上がりを見せましたが、1936年の2.26事件の発生によりメーデーは禁止されました。1946年、戦後初めてのメーデーは盛大に開催され、経済の復興とともに労働者は労働環境の改善のために奔走しました。

近年、5月1日がゴールデンウィークの狭間で影をひそめ、メーデーへの参加者は年々減少しています。若い世代にはメーデーを知らない人も出てきています。

1952年のメーデーでは、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約への抗議からのデモ隊と警察隊の衝突で2名の方が亡くなり、大勢の方が負傷したと聞きました。

今私たちは、労働基準法をはじめとする各種の法律で働く者としての権利を守られています。労働運動の長い歴史の上にあることを忘れてはなりません。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 年中行事
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フォト : 大阪地方メーデーポスター


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