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旅のマナー アーカイブ

2007年10月22日

袖触(す)り合うも多生(たしょう)の縁

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旅でのあいさつ 〜袖触(す)り合うも多生(たしょう)の縁〜

旅はおもいがけないことから、心があたたかくなります。
私は新宿から“あずさ”に乗車、秋の甲斐路へ向かいます。(ア〜懐かしい、・・・と)
まだ、“あずさ”の無いずっと以前のこと、新宿から夜行にて松本へ向かいました。
夜行は山へ向かう人もおり、いっぱいです。新聞紙を敷き、そこに座って目的地
に向います。松本から上高地へ向かう為に登山グツをはき、服装もそれなりに
整えて、荷物を持ってのことでした。
この度は全く別の目的で、小淵沢でお待ち下さるご夫妻をおもい、心がはずん
でいました。
途中八王子から私の隣の席へ、山のスタイルとおぼしき男性が座ります。
「失礼します」と私に声をおかけです。私も「こんにちは」とお返しをしました。
後からの方が声をかけるのは当然のことですが、声をかけられて私もよい
気分です。
スーパードライの缶を片手に帽子をかぶり、ピッケルだけをもち、クツは登山
グツ、チェックのシャツを腕まくり、まさしく頼もしいかんじの山男。髪には白い
ものが見えます。
「富士山はどちらの方にみえるのでしょう」と、私はしきりに窓に目をやります。
「甲府あたりから富士山は後ろのほうにみえますよ」と彼、「私は小淵沢まで
まいりますが、どちらまでですか?」「韮崎までです。そこからタクシーにて
千畳岳にのぼります。三千キロの山にて明朝は雪の予報が出ており心配
ですが・・・」と。
7時間の行程を、10時間みているとのこと。16名のパーティーですが、
この度は、女性はいないとのこと。もうかれこれ登山暦50年になるなどと、
おききします。(ウーンと)
私は同世代の方とみて、うれしくなったしだいです。
そこで私も、かつて上高地にのぼったこと、又茅野から蓼科へ登った若い時の
ことなど、1千†〜2千†の山をハイキングと称して歩いて楽しんだ話をしました。
彼は3千km級の山々を登っておいでです。大変であった新宿からの夜行の話し
も出て、同じ経験をしていることに私も密かにナットク。
この度の目的を少々話しましたが、間もなく韮崎。スーパードライをのみほした
彼は「それでは、お気をつけて」と、私も彼に「よい旅を」と、60分あまりの
出来事でしたが、あいさつにはじまり、思い出話と、そして別れのあいさつ。 
つかの間、となりに居合わせた二人は言葉を交わし、共通の話から(心を開いて)
それぞれの目的地に向かいます。
あいさつは無くてもすむけれど、あった方がどんなにかよいでしょう!
とてもホットな時間をすごすことが出来、さらに次の目的地に心がはずみました。
さりげないあいさつから、快適な一日のスタートが出来たのです。
人との出会いは、あいさつにはじまり、あいさつに終わると言われる、
まさにその情景でした。
この旅のつづきは、次回のブログにて金木犀の香る甲斐の散策をします。
おたのしみのほど・・・!


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 旅のマナー

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フォト : フリーフォト「photoコレクション」より 秋

2007年10月27日

縁は異なもの味なもの

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旅でのおもてなし 〜縁は異なもの味なもの〜

旅とは、人と人とをよりつよく結びつける不思議
なものでもあります。
小渕沢に降りたった私を、当地に在住のご夫妻
がにこやかにお出迎えです。「おまちいたしておりました」と、奥さまのはずんだ
お声、そして自家用車の前でご主人さまが「ようこそおいで下さいました」と、
帽子をとりあいさつです。私は「お世話になります。どうぞよろしくお願い致しま
す」と。・・・後部座席の私は胸をはずませて、お二人の姿を目のあたりに、
北杜市にある大河ドラマでおなじみのあの「風林火山館」(武田三代の館、
60年間領国経営の中心となったところ)へ向かいます。
私にとっては、この地ははじめてのこと、この度は、私を快くお迎えのご夫妻の
おもてなしにあずかります。かねてから、大河ドラマに魅せられ、いや山本勘助
(内野聖陽扮する)に会いにきたと言っても過言ではありません。再度、山梨を
訪ねたく大河ドラマの放映中にと、この秋に実現のはこびとなったのです。
(以前、別の目的で10年位前に訪れていますが・・・)おもいは日々につのり、
武田信玄づけの一泊二日の旅となりました。
私の意をおくみのご夫妻は、客人のもてなしに心を配られ、一週間前に下見
をしておいたとのこと、現地迄は景色のよいコースを選びましたと、ご主人
がハンドルをにぎります。
道のりは八ヶ岳が見えかくれ、道路わきの樹木は繁り、車窓からのながめは
最高です。コスモスが咲き、季節を告げる香りの金木犀は大木となって、そこ
ここに見ることが出来、車の中迄その香りが入ってきます。
北杜市は、長野県ぞいに新に合併し誕生した、自然がまだまだいっぱいの中
にありました。
あの千住明のテーマ曲が迎えてくれました。もう、とうに撮影は終了し、TVの
中から館を見ることができますが、私は、現風景の中に役者が、音が、空気と
ともに存在しているかのように思えました。
宮大工の方々による、すばらしい館はさわりたいほどに威風堂々と建立され、
屋根のソリぐあいはシロウトの私でも魅せられました。
ヒノキ材だと工費が17億円もかかるとか、ガイドのお話だと、1億円でこの館
は出来たそうです。
有名な美術監督が手がけ、この館とこの地を有効活用してほしいというメッセ
ージもうかがえたのです。今にも山本勘助が出現しそうな館で、いけ面の勘助
役のモデルと由布姫役の私は、観光地でよく見かけるフォトに収まりました。
その出来具合に私はニンマリ。・・・
その後、ご夫妻は清冽な水で打たれたそばを昼食にと、ご案内下さいました。
このそば店も味わって、ぜひ案内したい店とのことで、さすがにおすすめの
そばは極上、店内は観光客でにぎわっていましたがキノコの天ぷら、イワナ
のカンロニとともに、お客様もごちそうのうちと称してたんのうしたしだい
です。その後私のリクエストの、八ヶ岳山麓にある平山郁夫ミュージアムに
おつれいただきました。
清里を通り抜け、旅の初日は心地よい充実感に満たされ、感激でいっぱいで
した。
下見をしてコースを決め、味わっておつれしたい店をチェック、近くにある
「三分一湧水」の源水も見学し、昔の人たちの知的な生活のとらえ方もうか
がえ、“知るはよろこびなり”とワクワク、ドキドキの連続でした。
おもてなしは、客人の目的、好みを知り、いかに喜んでご満足いただけるか
と心を配ることにあります。T.P.O.にあわせた心づかいは美しい景色とタイ
ムリーな題材とあいまって、すばらしい思い出となりました。まさにホスピタリ
ティーそのものです。
次回は、武田信玄もつかったといわれる秘湯をひもときます。
                                
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 旅のマナー

2007年10月29日

縁に連るれば唐の物を食う

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旅のたのしみ 〜縁に連るれば唐の物を食う〜
旅のたのしみは思いがけない物との出会いがあったり、また珍しい食を口に
することが出来ます。
信玄の隠し湯として有名な湯村温泉郷の一角に古くからある旅館(一部リニュ
ーアルされていますが)にて、その効能をたのしみました。
甲州軍団の疾病兵を療養させ、活力を養ったと言い伝えられています。
この温泉は弘法大師に由来し、信玄は胸の病をここで療養したと言います。
伝説も効能もさまざまですが、ヒフ病や傷によいとのことで近くに4つほど
情感あふれる温泉が点在しています。
さわやかな翌朝は、まず武田神社に、つづいて宝物殿、歴史を物語る品々に
戦国時代をおもいます。その後、山梨美術館を経て、琴の音にさそわれるごと
く茶室「素心庵」では、当地の生菓子に抹茶で、なごり月のしつらいをともに
味わいました。おもいがけないことです。
昼食は、少し下った県下でも有名な店にて、名物の“ほうとう”に舌鼓です。
山のさち、畑の恵いっぱいの辛口のミソの味つけには地酒がぴったり。特産の
馬刺しに、きのこづくしの煮つけには「七賢(しちけん)」がよくあいそう・・・。
やはり観光客でいっぱいですがおいしい食は誰でもよーくご存知です。次から
次へとほうとうの鍋が運ばれてきます。なんと豊かな情景でしょうか・・・。
たわわに実っているギンナンをながめ、風が運んでくる金木犀の香りの中で
食休みはまさに極楽でした。
最後は甲府駅前の特設会場「風林火山」博へ。なんと40万人の入場者とあり
ます。今日も各地からお見えで満員のお客様です。たっぷりと時間をかけて、
こちらでもたのしみました。本物には出会えませんでしたが、ドラマで使用した
麻利支天(・・・・)にやっと会えたのです。
ドラマは、いよいよ最終章です。戦国時代に愛とロマンをかけた人々の生きざ
まがTVを通して私に語りかけてきます。
一口メモ
※孫子の旗(一般に風林火山の旗と呼ばれている)武田軍が常に陣頭に立てた
軍旗、中国の兵書「孫子軍争編」の言葉がある。
※「風林火山」とは、大河ドラマでテーマ音楽とともに勘助の声でひびいています
「疾風のように早く進撃し林のように静かに待機し、火が燃え広がるように侵攻し、
山のように動じない」という意味のこと。
※温泉秘話
日本書紀によると、聖徳太子が体調をくずし、道後温泉(三千年の歴史をほこって
いる)に湯治に来たことが書かれています。
〜温泉のダイゴミ(醍醐味)
お湯に抱かれているイメージで入ること。
非日常に身をおき、自然を満喫するのが温泉のダイゴミ。
ぬるめの湯でゆっくりと半身浴、一日の入浴は3回迄。
†かけ湯で身体をならします。
†入浴時間はホドホド、2回目で軽い運動を加えるとよいそうです。
†シャワーはNG。
†水分補給は忘れずに。
次回はepilogueにて 

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フォト : イメージ写真 金木犀 

2007年11月01日

旅は道連れ、世は情け

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旅のepilogue(エピローグ) 〜旅は道連れ、世は情け〜
旅の同行者がいれば何と心強いことでしょう。
ことに事情に明るい人とご一緒だと、なおのこと・・・
思いやりと感謝の心で対応が出来ます。
戦国の世を駆け抜けた名将「武田信玄」と軍師「山本勘助」の風林火山に、
そして秋いっぱいの山梨に別れを告げ“かいじ号”の人となりました。車中、
山梨産のワインをあけ、ご夫妻の丹精込められた山栗を食しながら、暮れゆく
景色を追いつつ、ぶどうを棚に、帰路の途についたのです。
人との出会いからつかの間、若かりし時にタイムスリップ、念願かなっての
甲斐の文化、歴史の探求と人情にふれ、当地の名品を食し、湯の中で見知らぬ
戦国時代に想いを馳せる・・・なんと、贅沢な時を持つことが出来たのでしょう。
我家に着くなり、さっそく、無事帰宅の一報を入れます。お礼とともに。・・・
いつもと変わらぬ奥様のはずんだお声、「充分なおもてなしも出来ませんで」と、
ご夫妻がお疲れの出ませぬようにと、私は気づかいます。
そして、ご夫妻への礼状を認め、思い出の写真を添えて、翌日お送りしました。
まさに人生は旅、いや旅は人生そのもの、どのように旅をするのか、一人旅も
たまにはよいが、道連れがあると、なんと心強く豊かに楽しみも倍増するの
だろう。・・・しみじみと感じた時でもありました。
非日常はこうして、明日への活力となり、ご好意に甘えた時間を私は何でお返し
ができるのだろうと、私がいただいた“しあわせ”をどなたかに、いつの日か
お返しの出来ることを願い、“縁とは、なんと不思ギなるもの・・・”と
秋の夜はいっそう、その思いにかられます。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 旅のマナー

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フォト : イメージ写真 Photoコレクションより「秋の夜」

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