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季節の行事 アーカイブ

2008年09月09日

重陽(ちょうよう)の節句

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9月9日は重陽の節句。旧暦の9月9日は現在の10月の中ごろにあたり、菊の花が美しく咲く時季で、「菊の節句」とも呼ばれます。古代中国では、「九」は陽数(奇数)の中でも最も良いとされることから九月九日は陽が重なる大変おめでたい日としてお祝いをしていたといいます。この日は、「登高」という故事にちなんで人々は小高い山に登り、菊の花を浮かべた酒を飲むという風習がありました。中国では古来、菊の花には邪気をはらい、寿命を延ばす力があると考えられていたのです。

日本には飛鳥時代に伝わり、「菊花宴」として宮中の行事が催されていたようです。「重陽節」としての儀式になったのは平安時代のこと。江戸時代には重要な五節句の一つとして公的行事となり、武家社会においても様々な祝い事が行われたといいます。また江戸時代には庶民の間にも広まり、「おくんち(お九日)」とも呼ばれて秋の収穫を祝い、栗飯を炊いたり菊花酒を飲んだりして過ごしたといいます。

現在その名残の見える行事として、九州地方の「長崎くんち(10月7-9日開催)」・佐賀県の「唐津くんち(11月2-4日開催)」や、東京・浅草寺で行われる菊供養(10月18日開催)などがあります。また各地で催される菊祭り・菊の品評会といえば、さらに身近に感じられますよね。様々な菊花の美しさを愛でるときに、重陽の節句のことをちょっと思い出してみてください。

菊はもともと薬草として中国から伝わったもので、実際に解毒作用や、頭痛・めまい・皮膚炎・風邪などにも利くのだとか。私たちの暮らしにもさりげなく取り入れられています。向付(むこうづけ:刺身)のあしらいとしてもよく見かけられますし、菊花のお浸し、和え物、天ぷら、それに菊ご飯などメニューも思いのほかバラエティに富んでいます。秋薫る花びらを丸ごといただくなんて・・・素敵ではありませんか。そのほか、アロマテラピーにも利用されるなど、現代人の疲れやストレスを和らげてくれそうです。

重陽の節句には、菊花の料理をいただくのもよいし、お酒をたしなむ方は菊花酒を飲みながら不老長寿を祈れば風流なひとときを過ごせそう。菊花を入れた中国茶なら、中国茶店やレストランなどでもごくポピュラーなものなので手軽に楽しめますよ。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー 季節の行事

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フォト : 菊展

2008年10月11日

十三夜

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日本には旧暦の9月13日(新暦の10月中旬から下旬)にも「十三夜」という、十五夜と同じように月見をする風習があります。今年の十三夜は10月11日。中秋の名月(十五夜)の一ヶ月後にあたることから、十三夜は「後(のち)の月」とも呼ばれます。十五夜は満月、十三夜は満月より二日前の月、私たちの目にはほとんど同じような姿に見えるこの二つの月ですが、僅かに違う月の光を私たちは心と体で確かに感じとっているのでしょう。

十五夜のお月見は中国から伝わりましたが十三夜のお月見は日本特有のもので、平安時代に貴族が月を愛でながら詩歌を詠んだり酒を飲んだりしたことに始まっているそうです。十三夜の頃は栗や大豆などがちょうど食べごろで、これらを供えることから「栗名月」「豆名月」とも呼ばれます。また、お月見にはお団子が供えられますが、日本の月見団子は月餅を供えるという中国の習慣に由来しているようです。十五夜では15個、十三夜では13個のお団子を三方に乗せて、秋の実りのお供え物と一緒に飾りを整えます。

「花鳥風月」などというように、私たち日本人にとって月は自然を象徴するものの一つです。月を眺めながら静かに想いにふける・・・、ゆったりとした、しかも神秘的な時間ではありませんか。月に見とれているうちに少しお腹が空いてきたら、月見蕎麦でもいただいて秋の夜長を過ごすのも楽しみが増えてよいかもしれません(笑い)。

十五夜だけではなく、ぜひ十三夜も楽しみたいですね。十五夜と十三夜、どちらか片方だけ月を鑑賞すると「片月見」「片見月」などと言われ、忌み嫌う風習もあるようです。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Nyan カテゴリー 季節の行事

2008年10月22日

時代祭り

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時代祭り(平安祭)
< 明治から平安の昔をさかのぼる時代風俗行列です >

 古き良きしきたりと季節の行事は、それぞれ地域に大切に継承され、今も私達を楽しませてくれています。秋はことに神事として、また、仏事として古式ゆかしい装束を身に、まれなる作法、所作を目にすることが出来、思いがけなく嬉しく、新たな発見とともに感謝の思いに駆られます。それらの儀式には、伝統を守りながら、物事のけじめや感謝、また、地域の安全、繁栄を祈るなど、意味があるからなのでしょう…。連日あちらこちらで行われています。“祭り”はなくてはならない日本人の魂のよりどころとして存在しているようにも思えてくるのです。
 京都の三大祭の一つとして知られている平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895年)に始まった祭りの“時代祭り”は、毎年10月22日に行われます。2,000人が、ほぼ2kmにわたって連なる時代風俗行列は、時代考証に基づいた平安時代から明治時代までの風俗、衣裳の変遷をあらわし、先頭は、明治時代の維新勤王隊。歴史がよくわかり、京都の紅葉とともに、多くの観光客で賑わいます。明治時代にさかのぼり、最後が延暦(平安時代)となります。さすがに、千年の古都です。都を京都に移した、桓武天皇を祭神とした平安神宮の神幸祭です。春の都大路を彩る、あおい祭りの雅さとはひと味違った楽しみも発見できます。
P.S. 以前、秋の一日時代まつりを目の当たりにしました。アルバイトの外国人もいたりと、微笑ましく思えたものです。
今年の大河ドラマは“篤姫”公武合体、そして明治維新へと向かう歴史を、映像から風俗を楽しむことが出来ます。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 社団法人京都市観光協会のホームページより「時代祭り」
http://www.kyokanko.or.jp/

2009年01月01日

今年は己丑(つちのとうし)

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牛にひかれて善光寺参りとは、気付かないうちにお参りが出来てよかったという喜びを表した言葉です。昔から人と共生してきた牛。優しい瞳で平安を祈る絵馬に、多く描かれています。また、穀物の豊かな実りを願うからでしょうか… 「平安豊穣」の言葉の入った画賛の色紙なども目にします。古来から、生活に無くてはならなかった牛。「牛歩」という言葉もありますが、気付かないうちに良いことに出会うなど、願ってもないことです。今年も、いろんな牛との出会いがあると思うと、ワクワクいたします。
皆さまはどのような牛との出会いがあるでしょう!佳い年でありますようにと祈ります。

P.S. 十干(甲・乙・丙・丁…)、十二支(子・丑・寅・卯…)を組み合わせた60周期は、中国で古くから日を数えるのに用いられ、日本に伝わって年を呼ぶようになりました。60年経つと暦の上では元に戻り、まず“還暦の祝”が行われていますが、身近に目出たく還暦の方がおいでです。新たな思いで新年を迎えたことでしょう。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事
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イラスト : 牛

2009年01月02日

お正月の行事

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 1月2日は秋葉講と云って、秋葉神社の御札をいただきに村の代表が何人かで出掛けます。静岡の森町(森の石松の出た所)に秋葉神社があり、昔は一泊で遊びかたがた出掛けたそうです。楽しみの少なかったころなので、これが一つの娯楽だったのでしょう。下社でお祓いを受け、御札を頂きます。秋葉神社は火の神で、火の用心として家々の台所に貼られています。帰ると次の日は、順番の家で受け入れがあり、部屋に村の人が集うように用意がしてあり、お料理やお酒、もち、菓子、くだものなど並べられています。神社に出向いた人を中心に様子を聞いたり、一年の行事や抱負を話し合い、また、楽しい出来事など、料理やお酒をいただきながら過ごします。昨年まで日帰りで自動車で出向きましたが、本年より、お正月はどの家も忙しいので、御札を送って頂くようになりました。そして村の公民館で会を開き、一年の火の安全を願い、御札をいただき、皆とひと時を楽しんでいます。田舎での古い習わしが今も形を変えて残っています。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 コラールピンク カテゴリー 季節の行事

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フォト : 秋葉山本宮秋葉神社

2009年01月07日

京都でのお正月

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京都でのお正月 --- 宮中のかほりが残っていました ---

 新年は、トソで不老長寿を祝い三肴(数の子・黒豆・京都はたたきごぼう・ごまめ)とお雑煮は、お正月には欠かせません。東京では、三日間ともすまし汁のお雑煮をいただきますが、丸餅に白味噌仕立てのお雑煮はさすがにと、雅な思いに駆られました。元旦、二日は、丸餅を焼かずに、京芋・大根の入った白味噌仕立てには、東京の焼いた角餅の江戸風とは大きな違いです。床柱には、ひかげのかづらが下がり、蓬莱飾りが目を惹きます。昆布と梅を入れた大福茶で締めとなりますが、旅館のご主人は、客を茶室に招き、自ら客をもてなします。花びら餅は、宮中の名残り。香のたかれた茶室での抹茶はゆかしく、いにしえを思い起こさせました。三日間、静かにしんと冷えきった京の町でのことは、東京では体験できないほどに、魅力的であったことが思い出されます。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事

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フォト : 京都の白味噌仕立ての雑煮

2009年01月10日

成人の日によせて

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 1月12日は成人の日です。かつては1月15日と決まっていましたが、2000年より1月の第2月曜日となりました。
 思えば誕生に始まり、不安定な最初の一週間を無事に過ごせたことを祝い、名まえを決めるお七夜・健康な成長を祝うお宮参り・一生、食べ物に困らないようにとの願いをこめたお食い初め。男の子なら端午の節句、女の子なら桃の節句・そして1歳の誕生日をむかえます。わが子の1歳の誕生日の頃、ちょうど小児科医をしている友人が訪ねてきてくれて「これで一安心ね」とほほ笑んでくれたことが記憶に残っています。
 七五三や、入園、入学。ピアノの発表会やサッカーの試合もあったかもしれません。そして卒業・・・これらの数えきれない節目を過ごして大人になっていくのですね。その都度、両親・兄弟・祖父母に時によっては親戚や友人たちも加わり、祝福され笑顔ですごした思い出をいくつも持っていることでしょう。
 子供が小さいうちはその子を仲立ちのようにして4人の祖父母が親しくなっていくこともあるかもしれませんね。生まれてきた一つの命のまわりにいくつもの輪ができて、新たな絆が生まれていく様子が目にうかぶようです。たくさんの愛に囲まれて育った子供たちの幸せを心より祈ります。 今の世の中は不景気で、明るいばかりの未来とはいえないかもしれませんが、自分が多くの愛に支えられてきたことに感謝し、自分の道を信じて歩んでいってほしいと思います。
  新成人のいらっしゃるすべてのご家族の皆様にお祝いを申し上げます。そして新成人の皆様にエールを送りたいと思います。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 成人式(振袖姿)

2009年01月15日

小正月には小豆粥を!

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 小豆粥をいただきました。恵みに、先人の知恵に感謝のひと時でした。
 1月1日の大正月に対して、1月15日を小正月と言います。農村を中心に今も様々な祝いの行事があるようです。また、小正月は女正月とも言われ、この頃になると、女性が晴着を着て出掛ける時間の余裕と楽しみが生じるからでしょうか… 観劇・初釜・稽古事の新年会と、華やかな場に遭遇します。成人の晴着と違った美しい着物姿もいいものですね。
 宮中の正月行事であった、左義長はこの小正月の火祭りで、正月の飾り物を積み上げて焚き上げるどんど焼きのことです。お正月迎えの餅花は、木の枝にちぎった餅を花のようにつけて、稲穂をあらわし、これを年神様に捧げますが、地方によっては餅花をまゆ玉と呼び、まゆの豊作を祈ります。小正月には餅入りの小豆粥をいただきますが、七日正月・鏡開き・小正月と正月の行事が続きます。睦月とは、仲むつまじくと願う1月の異名にて一年の始まりの「おめでとう」の言葉には言霊が宿り、家族で、また、仲間と互いに喜びを分かち合う尊い大切な季節でもあるようです。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 餅花
餅花の作り方
http://www.h5.dion.ne.jp/~yoshima/hanamochisakusei.html

2009年02月02日

明日は節分です

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 一年の福を呼ぶ厄除け祭事節分会は、中国にルーツがあり、平安時代から福を呼び厄除けを祈願。江戸時代以降、庶民の間に大いに取り入れられ、元気いっぱいの豆まき行事は真冬の寒さも吹き飛ばすほど、「鬼は外、福は内」とそれぞれ工夫を凝らして豆まきをしています。
 立春の前日のこの行事は、春を呼ぶためにとあるようですが、地域に根づいて、社寺では2月3日の節分の日を中心に2日から4日まで節分会、節分祭として執り行われています。新聞でもその予定が紹介され、おかめや鬼の絵とともに、豆まきの時間まで知らせています。年男のタレント、有名人もにぎやかに一役かっています。神社では祈願済みの福豆を枡に入れ準備が始まっていました。この神社では、枡に福豆とともに、運が開けるようにと打ち出の小槌も入っています。24節気は立春から始まり、大寒までを言いますが、いよいよ新しい春を迎えます。
PS 手元にある江戸好みの打ち出の小槌の中をご紹介
  恵比須さま、大黒さま、サイコロ、カエル、瓢箪、小判、南天、狸、破魔矢、だるまとそれぞれに由来があり、それを知るだけでも楽しくなります。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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イラスト : まめまき

2009年02月13日

豆撒きの声は春の呼び声

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豆撒きの声は春の呼び声
寒風でもとっても元気になりました。

 境内のご親木は、いちょうと桜。樹齢何年になるのでしょう!立派です。住宅に囲まれたようにひっそりと存在する巣鴨大鳥神社に、節分祭の様子をこの目でと出向きました。昨年の三の酉に訪れたこの神社の酉の市のにぎわいが思い出されます。宮司の「時間がとれたら、ぜひお出掛け下さい。」との声に誘われ、2日に催された節分祭。当神社は2日の豆を3日の節分の日に自宅でまくようにと、毎年この日に豆撒き式を行っているそうです。烏帽子姿の宮司のお姿は立派です。仮設の豆撒き用の台の向こうの社に設けられた祭壇には、5台の三方に鏡餅をはじめ、お神酒、野菜、榊などが供えられ、豆撒き用の枡がぎっしりと並んでいます。すでに代表の豆撒き人は到着している様子です。午後3時からの式典。その後に豆が撒かれます。境内には、子供連れの家族、土地の方々など、徐々に人であふれはじめます。烏帽子姿の若い男性の司会で式典が始まります。(宮司の息子でしょうか。) お祓い、代表の玉串奉天の後、宮司の凛とした祝詞が響き渡ります。約15分、節分に際して新たに五穀豊穣と、人々の幸せを願う様子が伺いしれました。初めて臨んだ節分祭、そして豆撒き式。「鬼は外、福は内」の掛け声と共に小袋に入った豆が撒かれます。私の頭の上に男性の手が…子供が素早く豆を拾います。私はだんだん後方へはじき出されるごとく、手を伸ばしても受取れない。落ちた豆も拾えないという中で、声を出して笑いころげ、とっても元気です。これが豆撒き式の光景なのだと… 元気でいないとこの場には臨めません。豆を受取れない人に、そっと後ろから男性が袋を持って廻って、豆を下さいました。いつもこのようにして下さるそうで、心配はないとのこと。ご常連の方の言葉です。せめてですもの、この手で豆を受取りたい…と、難しいものです。
 30分ほどで、豆撒き式はお開き。前日に行われるこの神社の豆撒きもいいものですね。いただいた福豆を使用することになるのですから… 明日は○○の豆撒きに出掛けようと話し声が聞こえました。仲間と連れだって参加して、楽しむこの年中行事。春を呼ぶ豆撒きは、それぞれ工夫がありますが、大河ドラマ「天地人」の主役が登場したり、象が鼻で豆を撒いたり、熊が恵方巻を口にしたりとユーモアいっぱいに楽しい光景も、映像が流れていました。明年もどちらかの豆撒き式に遭遇したいものと、楽しんだしだいです。
春は、私達に一人では味わえない行事からの体験があります。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

2009年03月15日

春を呼ぶ東大寺のお水取り

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 関西では昔から“寒さもお水取りまで”この日を境に日一日と暖かくなると言われるお水取りの行事は、歳時記ではこのように記述されている。「奈良東大寺二月堂では、毎年三月一日から十四日まで(昔は旧暦二月一日から十四日まで)修二会、二月堂の行と言って、国家安穏を祈祷する行法が種々行われる。その中で、三月十三日午前二時前后からお水取りの行法が行われる。これは二月堂の創建者、釈実忠に若狭の遠敷明神がはるかに閼伽井を供与したという伝説に基づいている」二月堂のほとり良弁杉のもとにある若狭井の水を汲み、加持し香水とする儀式であるが、杉の枯葉をかがり火に焚き、僧が大松明を振りかざして、二月堂の回廊を駆け巡る様は、TVなどから知ることが出来、まさに壮観である。「雅楽の響きと、法螺貝の音が実に気持ちよく、清浄な夜の闇が活気づく」と、居合わせた人の話である。糊こぼし椿…二月の後半から精進けっさいし、椿の造花を作るのもその修行の一つである。東大寺の開山堂の脇に糊こぼし椿があり、この椿は罪を懺悔する堂内に荘るものだそうである。天然自然の花は清らかで美しく、それを知っているからその花造りに意味がある。昨年晩秋の春日大社、東大寺(二月堂、三月堂、四月堂も含めて)に参っている。堂前の若狭井、糊こぼし椿と今さらに、奈良を訪れたことが大切な思い出となって蘇る。十三日は春日祭。朱に染まる社も見事であろう…と。

PS. 最初のお水取りが行われたのは、大仏の開眼供養が華やかに行われた天平勝宝四年(752年)とのことで、以来、一度も欠かすことなく続いている行事である。お水取りは春を呼ぶ、まさに火と水の行事と呼ばれている。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 東大寺お水取り
春日野奈良観光サイトより東大寺修二会(お水取り)
http://www.kasugano.com/kankou/omizutori/index.html

2009年03月16日

仰げば尊し

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娘の高校の卒業式に出席してまいりました。私には入学式がつい先日のように感じられますが、娘たちには充実した3年間だったのだろうと思っています。子供が高校を卒業して大学生になる。そんなことが本当にありがたいと思えます。娘の母校は私の母校でもあります。自分でもびっくりしたのですが音楽選択だった私は校歌をしっかり覚えていました。もうこれで最後だと思い、生徒達と一緒に思いきり校歌を歌ってまいりました。娘が二人とも大学生になり、子育てもほぼ卒業、娘の卒業式は私の卒業式でもあったようです。

思えば何人もの先生方との貴重な出会いがありました。小学校の先生から大学のゼミの教授まで私は年賀状での挨拶だけは欠かしません。高校の担任の先生は専門が化学で、ライフワークとして子供達に化学の実験の楽しさを伝える活動をなさっています。私も以前に、その頃まだ中学生だった次女を連れて参加したことがあります。次女が高校に入学するのと入れ替わるように定年退職なさったので、親子二代でお世話になれなかったのが残念です。

中学の歴史の先生は担任を持っていただいたこともないのに何故か仲良しでした。勤めていた頃、私の苗字がいつまでもかわらないけれど、お見合いをしないかと先生からお電話がありました。先生の教え子で、中学の先輩にあたる方とお見合いをさせていただきました。残念ながら、その方とご縁はありませんでしたが、中学時代の先生がお見合いをお世話してくださるなど、珍しい話ではないかと思います。

娘と先生方にはこれから先どのような関わりがあるのかは、わかりませんが、今までお世話になったご恩だけはいつまでも忘れずにいて欲しいと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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イラスト : 卒業

2009年03月17日

彼岸の入り

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今年の春の彼岸の入りは3月17日です。彼岸の中日(春分の日--今年は3月20日)の3日まえを彼岸の入り、3日あとを彼岸明けといいます。彼岸の中日は天文学的に計算されるので年によって多少、前後します。春分の日は一般的には昼と夜の長さが同じと言われていますが、実際は光の屈折現象のため、昼のほうが若干長いそうです。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、この頃になるとやはり日差しや空気に春の気配を感じます。個人的には寒さが苦手なので、春のお彼岸は本当に待ち遠しい日です。

先日、四国に住む母を訪ねてまいりました。庭先の沈丁花が満開で、ここにも春の訪れを感じました。短い帰省でしたが、お墓参りもすることができましたし、隣の町に住んでいる母の姉の家に一緒に出かけたりもしました。引きこもりがちな母と、その姉が会うのは何か月かに一回あるかないかだそうです。私の帰省がきっかけで姉妹の楽しい時間が持てたことも思いがけない喜びでした。

今回は母の友人が私の帰省を知って、ぼた餅を作って届けてくださいました。私の好物だと知っていてわざわざもち米を炊き、あんこをこねての手作りです。ひとり暮らしの母をいつも気にかけてくださるその方にはこちらこそ感謝をしなければならないのに「東京から、よく帰ってきてくれた」と逆に感謝されてしまいました。春のお彼岸には、ぼた餅。お彼岸には少し早いぼた餅をいただきながら、女学校時代から続く友情を本当にありがたいと思った出来事でした。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 沈丁花

2009年03月19日

お供え - ぼたもち -

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お彼岸(春分の日、秋分の日を中日として前後3日間の7日間)とは、「向こう岸」という意味で、仏教では迷いのない悟りの世界、つまり「あの世」のことを意味します。お彼岸には亡くなった人があの世からこの世に帰ってくるとされ、さまざまな行事が行われますが、その時にぼたもちやおはぎを供える慣わしが広まったのは、江戸時代のころからだといわれています。
ぼたもちは春の彼岸に供えます(秋の彼岸はおはぎ)が、ぼたもちはぼたんもち(牡丹餅)が訛ったもので、春に咲く牡丹の花が由来です(おはぎは秋に咲く萩の花が由来)。どちらもあずき餡の赤色を季節の花の色に例えて呼び分けているのですが、古くから小豆は邪気を祓う効果のある食べ物として知られ、それが先祖の供養に結びついたと言われています。このネーミングは、四季を愛する日本人ならではですね。
ぼたもちには別名があります。「北窓」や「隣知らず」「着き知らず」といったものです。
ぼたもちは、うるち米ともち米を合わせて炊いてから、半づきにします。普通のお餅と違い、「ペッタン、ペッタン」と音を出さずに作る事ができるので、隣に住む人にはいつ餅を搗いたか分からない。そこで、「搗き知らず」→「着き知らず」と言葉遊びをして、夜は暗くて船がいつ着いたのか分からないといったことから「隣知らず」となりました。
また、「搗き知らず」→「月知らず」ということで、月の昇らない北側の窓、つまり「北窓」とよびました。
こういった言葉遊びも、昔ながらでなかなか面白いですね。
他にも「ぼたもち」という言葉を使ったことわざが多く、日本人の生活や意識に密着した食べ物であったことがうかがえます。
・棚からぼたもち(努力することなしに予期しない幸運がまいこんでくること。「開いた口に牡丹餅」ともいう)
・牡丹餅で腰打つ(幸運が向こうから舞い込んでくること)
・牡丹餅の塩の過ぎたのと女の口の過ぎたのは取り返しがつかない
・牡丹餅は米 辛抱は金      等々
由来やことわざ等、調べてみるといろいろ面白いことが沢山ありますね。
今年のお彼岸は、こんなこともちょっぴり考えながら、邪気を祓う「ぼたもち」を作って、ご先祖様にお供えしたいと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆ Fain ☆ カテゴリー 季節の行事

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イラスト : ぼたもち

2009年03月20日

春分…春よ来い

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 春分は二十四節気のひとつで、3月21日ころを指します。あるいは、この日から清明までの期間を指します。春分では、昼夜の長さがほぼ同じになると言われていますが、実際には昼の方が夜よりも長いのです。日本付近では、年による差もありますが、平均すれば昼が夜よりも約14分長いそうです。

 天文学では、太陽が春分点を通過した瞬間を春分と定義します。赤道上からは、春分を含む日には、太陽は真東から上って真西に沈み、正午に太陽は天頂を通過することになります。北極点または南極点では、春分の太陽は地平線と重なるようにして動き、上ることも沈むこともないのです。このことを考えると宇宙の神秘を感じます。

 日本では、春分の日は国民の祝日となります。春分の日は、国立天文台の算出する春分日を元にして閣議で決定され、前年2月に告示されることになっています。(今年は3月20日) 天文学に基づいて年ごとに決定される国の祝日は、世界でも珍しいようです。春分の日はお彼岸の中日で、この日をはさんで前後3日を含めた7日間が春のお彼岸になります。

 ヨーロッパでは、春分の日が春の始まりとなり、いくつかの国では休日とされています。キリスト教の復活祭は、3月21日を春分の日と固定して、春分後最初の満月の次の日曜日を復活祭の日と定めているそうです。

 「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、お彼岸を過ぎると「春よ来い」の願いがやっと叶う陽気となり、道行く人の装いが一気に春めいてまいります。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin カテゴリー 季節の行事

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フォト : つくし

2009年04月06日

『式典』は美しい

弥生3月、桜の開花を待ちながら、門出と別れのセレモニーが繰り広げられます。
私は、有難いことに、今年もいくつかの式典に参列させて頂きました。何れも気持の引き締まる、快い緊張感が伝わり、こちらまで身の引き締まる思いがいたしました。
とりわけ素晴らしいと感じたのは、近隣の小学校の『卒業証書授与式』でした。(以下卒業式と致します)この小学校とのご縁は随分長く『卒業式』や『入学式』にお招きを頂くようになり、かれこれ20年が過ぎました。多分、数回は参列できなかったことがありますが、ここ10年は「学校ボランティア土曜授業の茶道」の教え子数人が毎年卒業を迎えますし、また、5年前からは、6年生全員が授業の一環として茶道体験をしに来てくれますから、毎年6年生一人一人の門出を祝いたいと思って出掛けることにしています。
卒業生の服装は私服ですが、『晴れの場』をきちんと意識したブレザー姿に、一人一人が思い思いのコーディネートをしています。(毎年一人くらいは変わった服装の子がいるのも事実ですが)赤いスカート、紺のスカート、ブルーのスカート。ネクタイを結ぶ子、髪にリボンをつける子…、その色も大きさも今日のために何度も鏡を見て決めたと思われるほどよく似合っています。いずれの学校の『卒業式』でも、毎年毎年感動を頂きますが、今年のこの小学校の『卒業式』には特に素晴らしい感動がありました。
それはなぜだったのでしょう…。
式典の間、なぜかしらんと考えていました。それは、担任の先生の袴姿と、卒業生一人一人の姿勢とお辞儀の姿だったと思います。
今年の6年生は3クラス。担任の先生は一人は男の先生、二人が女の先生です。男の先生はスーツでしたが、女の先生お二方は袴姿だったのです。卒業生を先導して入場したその先生は桜色の着物に紺色の袴をきちんと身に纏い、一歩一歩ゆったりと進みます。背筋の伸びた凜とした美しさでした。 その後ろ姿をみてか、 先頭の卒業生の姿もすらりと伸びて、 顔をまっすぐに上げ、目は前を見て晴れやかに入場しました。続く一人一人、皆が姿勢を直し、うつ向く児童が一人もなく、前を見て落ち着いて歩みを進めていました。
『卒業証書授与』では、一人一人が席を立ち、壇上に上がる前に来賓席に向かって一礼しますが、多分20年の中で一番美しく、心のこもったお辞儀だったのではないかと感じられました。照れの出る年頃の6年生。先生の指導はなかなか発揮されるものではありません。また、厳しくしてもできるものでもありません。かえって反発する年頃です。その難しい年頃の児童たちが、こんなに清々しくお辞儀をして壇上に上がる…。凛々しく美しい姿に感動したのは私だけではなかったようでした。
 卒業式に袴姿で先導された先生方の日頃の指導のあり方が垣間見られるような気がいたしました。学習指導や生活指導への思いやその取り組みが現れているように感じました。茶道体験の授業の折にも拝見している6年生の先生と児童の関わりの様子。授業参観の折々、廊下ですれ違う時々…といろいろ思い出してみました。スーツ姿なら簡単な準備で済むものを、袴姿となれば、袴はもちろん、着物、帯、足袋、草履、襦袢…、美容院の手配、雨具の用意……と。ひと手間もふた手間も加えなくてはなりません。
児童たちの門出の晴れの日に、担任の先生方が揃えたのは、袴や着物ではなく、そこに込めた子どもたちへの思いだったのでしょう。
晴れと褻が薄れてしまっているように感じる昨今。『晴れの場』や『式典』は「堅苦しい!」とされ、次第にカジュアル化されているように感じます。『晴れ』は『褻』の積み重ねの上にある『貴い日』だと、この小学校の式典を見て感じました。だからこそ、『晴れ』と『褻』は一緒にしてはならないと思います。
この日、外は冷たい雨の降る、寒い『卒業式』となりました。しかし、体育館で執り行なわれた『式典』は美しく、清々しい、心の暖まる『素晴らしい式典』でありました。
私は、この子たちの将来に希望の光を感じながら、どの子も今日の日のように心に曇りのないまっすぐな人生をいつまでも歩んでほしいと心から願いました。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の行事

2009年04月13日

『式典』は厳かに、そして…

桜の咲き始めた大安吉日の日曜日(3/29)、『マナー講師認定証書授与式』が執り行われました。

授与式の会場となりましたグランドプリンス高輪貴賓館は、もとは、明治天皇の御用邸として建設される舘でした。しかし、建設中の明治41年、明治天皇の第六皇女常宮昌子内親王と竹田宮家の第一王子恒久王のご成婚に際し、下賜されたお屋敷です。

そんな貴賓館桐の間にて厳かに式典は執り行われました。

理事長始め院長はもとより、そして私ども講師陣にとっても、年に一度の晴れやかな誠にうれしい日であります。

その晴れの場を、ここ貴賓館桐の間にて執り行うのも、執行側の思いと意図に基づくものと思われます。

『式典』を執り行う場合、まず決めなくてはならないのが『会場』です。その『式典』の『格』を決める一番大きな要素となります。
この『格』が参加する方々の『心構え』を作り、服装、髪型、姿勢へと波及して『場』が演出されます。 その参加する方々の『場』への期待は、執行側の滞りない準備へと
> 駆り立てて下さいます。室礼、花、証書に書き込まれるお名前のひと文字ひと文字。その名前を書くための墨のひと磨りひと磨りにまで至ります。
そして会場では、私どもの動き、お辞儀のひとつひとつの動きに込められていきます。

とりわけ式進行を司る役割は重要であります。
一番最初に発せられる声のトーン、響き、間……。これらによってこれから始まる式典の流れが作られていきます。
私もその流れに心を添わせ役割を担わせて頂きます。
毎年、桜の咲くこの時期に行われるこの『式典』。私にとっても学びの場であり、また、とても居心地のよい空間であります。

同じ演出をしても、参列する人の醸し出す雰囲気によって『場』は変わります。
『場の格』を決めるものは気取りではありません。むしろ気取りのない 『素直な心』と『真摯な態度』と『優しいまなざし』だと感じています。

今年の認定証書授与式も恙無く執り行われました。

巣立ちゆく方々のご活躍を心からお祝い申しあげます。そして、おかげ様で私もまた、毎年新たな気持で4月を迎えることができます。
この場にご一緒させて頂きましたことに感謝致します。

『式典』は厳かにそして…優しいまなざしで…

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 行事

2009年04月30日

「May」皐月の到来!

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 陰暦の五月、皐月は耕作を意味する古語「さ」から稲作の月という意味の「さつき」になったと言われる。「皐」という漢字には、「神に捧げる稲」の意味があるため、「皐月」の表記になったようである。早苗を植える月が語源とする説もあるが…
 誕生石のエメラルドがまさにぴったりの美しい季節。誕生花はすずらん、「夏のたつがゆえ也」との立夏、「万物満れば草木枝葉繁る」の小満がこの月の節気。田植えが始まり、やがて麦の稲は成長して実りの時が近づく。祝日も5月3日の「憲法記念日」、4日の「みどりの日」、5日の「こどもの日」と続き、振替休日もあることから連休がつづく。それぞれに込められた意味を思いながら、平和の日々に感謝する心で過ごしたいもの。かつての天皇誕生日も「昭和の日」として平成17年の祝日法改正で成立している。日頃、やむなきとして過ごしてしまっている事柄に、この連休を有効活用してみたいものと静かに心に問いかけている。緑に目を向けるもよし、目白押しの展示物に足を運ぶもよし、はたまた読書にと… 初ものに舌つづみ、いや久し振りに旬の野菜をつかって創作料理に腕を振るおうかと様々に、あらたな時間、時の訪れが楽しみである。どのような感動が得られるのであろうと…

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 鈴蘭

2009年05月04日

端午の節句

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 端午の節句のいわれですが、旧歴では五月は午の月にあたり、午の月の最初の午の日を節句として祝っていたものが、のちに五が重なる五月五日が端午の節句の日になったといいます。平安時代に取り入れられた正月七日の人日(じんじつ)の節句、三月三日の桃の節句、七月七日の七夕祭り、九月九日の重陽の節句と並ぶ五節句のひとつです。当時五節句は貴族の間では、それぞれ季節の節目の、身の穢れを祓う大切な行事でした。
古代中国では、端午の節句の日に、薬草である菖蒲酒を飲み、邪気を祓う作用があると考えられていた菖蒲で体の穢れを祓って健康と厄除けを願いました。この行事がのちに日本の宮中から鎌倉の武家社会へと広がったのです。特に武士は、菖蒲が「尚武=武をたっとぶ」と同じ読みであること、また菖蒲の葉が剣の形を連想させることなどから、端午を男の子の節句とし、男の子の成長を祝い健康を祈るようになりました。
男の子の身体を守るという意味合いが込められている鎧兜や刀、武者人形や金太郎を模した五月人形を室内に飾り、武士のものだけであった幟旗に代えて庶民の間では鯉のぼりを立てる風習が広がりました。鯉のぼりは中国の「鯉の滝登り」の故事に由来しており、鯉は出世魚として考えられ、男の子の立身出世の象徴として江戸時代から盛んに立てられるようになったそうです。
このように、五月五日は古来から端午の節句として、男の子の健やかな成長を願う行事が行われていましたが、国会にこどもの日を祝日とする請願が寄せられた際に五月五日の希望が多かったため、1948年にこの日が「こどもの日」として国民の祝日となりました。三月三日の桃の節句が祝日でないことから男女差別とする見方もありましたが、男女の別なく祝うというイメージが強くなっており、批判は見られなくなりました。
「子供の日」あるいは「子どもの日」と表記されることが多いですが、「こどもの日」が正式な表記とのことです。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者Marin カテゴリー 季節の行事

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フォト : 久月の五月人形
http://www.kyugetsu.com/

2009年05月05日

鯉のぼりの項

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 庭に8mのポールを立て、孫の成長を願っての鯉のぼりを立てて早5年になります。桜の花を追うように真赤な枝垂れ桃や若紫色の蘇芳の花、花みづきの白い花、芝桜も一面に咲き揃い、いよいよ5月です。青い空に吹流し、緋鯉、真鯉、子鯉が雄大に泳ぐ様は、見る人に元気と勇気を沸き立たせます。マンション住まいの家に五月人形も鯉のぼりも迷惑そうなので、実家で飾ることにしています。主人と私と二人がかりで鯉のぼりをロープに付けます。また、五月人形は私が箱より出し飾ります。金屏風に雄々しく鎧兜を付け座る武者人形、刀、弓。昔の出陣の姿ですが、現代の子供、また孫もこの世の厳しい戦いの中で、どんな事にも負けない立派な若武者として世に出て行って欲しい。切なる願いです。その姿に心から健康と成長を願わずにはいられません。そしてその成長を祝うものです。マンションのマイホームでは、ミッキーの武者人形、ベランダにはコンパクトな鯉のぼりが。それでも堂々と泳いでいました。

端午の節句…5月5日子供の日。男の子の成長を願い、祝う日です。鯉のぼり、五月人形等飾り、菖蒲は尚武、勝武にちなみ、菖蒲湯、ちまき、柏餅等をいただきます。鯉は滝を登る世先すると言われている。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 コーラルピンク カテゴリー 季節の行事

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フォト : こいのぼり

2009年05月08日

母の日

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5月の第二日曜日は母の日です。今年は10日ですね。私の母は本当に物欲のない人で「何か欲しい物ある?」と聞いても必ず「なーんにも」と言います。私がカーディガンやサマーセーターなど、母の日の定番と言われるプレゼントを用意しても、もちろん喜んではくれるのですが「あなたが元気で幸せならそれが一番」といつも言っていました。

娘に遠慮しなくてもいいのにと思っていましたが、自分自身が結婚して子供が生まれ、母親の立場になってみると母の気持ちがよくわかるようになりました。私の子供たちも小さい頃は幼稚園でカードを描いてくれたり、小物を手作りしてくれたりいろいろとプレゼントをくれました。カーネーションの鉢植えや、お金を出し合って私が欲しがっていた日傘をプレゼントしてくれたこともありました。それはそれでもちろん嬉しいことです。特に手作りのカードや小物は、もうこんな字が書けるようになったとか、こんな刺繍ができるようになったのかなど、子供たちの成長がわかって楽しいプレゼントでした。

ただ、母親として何より嬉しいのは子供たちの幸せなのですね。どんなプレゼントをもらうよりも子供たちの笑顔にまさるものはありません。毎日を楽しく過ごしているだろうかとか、母親としてできることは何だろうかとか・・・私にとっての母の日は、母親としての自分を振り返る日でもあるのです。そして、遠くに一人で暮らしている母に「私は元気で幸せ」と電話をする日です。母に心配をかけないのが何よりのプレゼントだということが実感としてわかったからです。相変わらず物欲のない母は「それは何より、それが一番」と言うことでしょう。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : イイハナドットコムより母の日用カーネーションセット
http://www.e87.com/shop/g/gSA10207840/

2009年05月09日

身清め「葵祭」待つ斎王代

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 京都三大祭の最初を飾る「葵祭」を前に、ヒロインの斎王代が身を清める神事「御禊の儀」が4日京都の下鴨神社で行われた。※産経新聞5月5日の記事からその様子を知ることができました。 今年、斎王代を務めるのは、千 万紀子さん。(立命館大学4年生) 雅楽の調べとともにツツジやヤマブキなど、色とりどりの花に囲まれた祭場に登場。ゆっくりと御手洗川に近づき、両手を浸して身を清めたとの事。万紀子さんは、茶道裏千家千宗室家元の長女。祖父の千玄室前家元、父親の千宗室他、カメラを手にした観光客らが見守る中、自らの汚れを託した「祓串」を手折り、川に流したそうである。
 神事を終えた万紀子さんは、「十二単の重さを感じ、身が引き締まる。葵祭に来る方々に、失礼のないように役目を務めたい」と笑顔を見せていたとの事。御禊の儀は下鴨神社と上賀茂神社で隔年交代で催されている。この葵祭は賀茂祭とも呼ばれ、上賀茂、下鴨同神社の祭礼で、京都御所での「宮中の儀」、華やかな行列の「路頭の儀」両神社での「社頭の儀」から成り、起源は6世紀とされ、平安朝から朝廷の国家行事となったもの。しばしば中断されながらも、王朝風俗を今に伝えている。

※4月13日の朝日新聞に「六本木ヒルズの一角にあるさくら坂を訪ねると、ハート型のアオイの葉が春風に揺れていた。京都の上賀茂神社境内から株分けされ、木陰で育てられている。」その記事を持参し、ヒルズのアオイをこの目でぜひにとたしかめたのである。アオイは葵祭のシンボル。5月15日、約500人が頭や胸につける。祭りに使う葉は1万枚ほど必要とか。その「アオイを育てませんか。」とのことから、アオイの里親に… アオイは「神にあう」葉と言われている。アオイをデザインしたとされる徳川家の紋所「三葉葵」は上賀茂神社に残された古文書から記述を見ることが出来る。江戸幕府を開いて間もない1610年、家康の命によりアオイを京都から静岡の駿府城に献上させたと言われる。アオイを運ぶ「葵使」は大政奉還の年まで、歴代将軍が江戸城に献上。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 いしいようこ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 産経新聞の記事より「身清め「葵祭」待つ斎王代」

2009年05月15日

葵祭

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葵祭
 春過ぎ夏もはや“北祭”の折ならば青葉に混じる夏木立 春の名残りぞ惜しまるる (謡曲 大原御幸より)

 北祭とは、京都賀茂祭のこと。5月15日のことです。毎年この季節が近づく頃は、青葉が都大路を行く美しい行列をいっそう際立たせます。
 葵祭は、我国最古の祭で知られていますが、起源は飛鳥時代。天災地変が甚だしく、五穀が不作であった年に、賀茂天神に豊穣を祈願したところ、五穀は実り、人民は安穏となったことから、賀茂社を山城国(京都)の守護神とし、その祭を勅祭としたのでした。祭儀に関わる人が二葉葵を衣服(胸元)や髪にカズラとして着けたことから、葵祭と呼ばれるようになりました。賀茂大社は下鴨社、上賀茂社に祀られ、この二社に天皇が勅使を差しつかわされ、国家繁栄、国家安穏を祈り、奉幣と祭文を奏上される勅祭です。祭文は賀茂社では紅色、伊勢社ではハナダ色、春日社では黄色の鳥の子料紙にしたためられます。賀茂両社とも京都御所の北に鎮座するため、その祭は北祭とも呼ばれたのです。御所から両社への勅使の行列は斎王代を伴って繰り広げられ、あたかも王朝絵巻のごとく典麗優雅なお祭りです。まさに「源氏物語」に描かれる貴公子や姫君たちを彷彿させる見事なものです。その昔、京都が平安京と呼ばれていた頃の宮廷人の姿を最もよく伝えるお祭りです。御所の左近の桜葉が繁り、かつての宮廷であった京都御所は、今なおこの月に繰り広げられる行事から風習をも垣間見ることが出来、往時をしのぶこととなります。ヒロインの斎王代は多くの人に引き継がれてきた思いの込められたもの。禊を済ませ、この日、大任を果たす斎王代は特別な思いで過ごされることでしょう。平成の現代にタイムスリップ… 当時と同じ思いで繁栄と安穏を、我国のみならず、アジア、世界に向けてとはせたくなります。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事

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フォト : 葵祭オフィシャルサイトより
http://www.kyokanko.or.jp/3dai/aoi.html

2009年05月30日

衣替え

 日本では、6月1日と10月1日に、学校や企業の制服を変更する衣替えが行われています。温暖な気候の南西諸島では、5月1日と11月1日に行われているようです。
 衣替えは、平安時代の宮中行事から始った習慣で、当時は中国の風習に倣って4月1日と10月1日に夏服と冬服を着替えると定め、これを「更衣」と呼んでいました。天皇の着替えの役目を持つ女官の職名も更衣と呼んでいましたので、民間では更衣とは言わず衣替えと言うようになりました。
 鎌倉時代に入ると、衣服だけではなく、扇などの調度品まで取り替えるようになったと言います。
 江戸時代の武家の制服では、旧歴の4月1日から5月4日が袷(あわせ)、5月5日から8月末日が麻の単衣の帷子、9月1日から9月8日が袷、9月9日から3月末日が綿入れの小袖とされ、一般庶民もこれに従ったようです。着物の種類も増えたせいか、年4回も衣替えがありましたが、実に気候に合っている感があります。
 明治期になると、洋服を役人、軍人、警察官の制服に定め、この頃には新歴も採用されましたから、現在のように夏服が6月1日から9月30日、冬服が10月1日から5月31日と定められました。これが学生服や、一般の人たちにも浸透していったわけです。
 着物の衣替えは、10月1日から5月31日が袷、6月1日から30日と9月1日から30日までが単衣、7月1日から8月31日が薄物とされています。
 衣替えは、四季の変化がはっきりしている我が国の風土に合った、日本特有の習慣です。四季の移ろいは日本文化の真髄を担うものですから、この風習を日々膚で感じ、楽しみながらぜひ伝えていきたいと願います。 

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin カテゴリー 季節の行事

2009年06月05日

入梅

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6月に入るとそろそろ梅雨入りの時期が気になります。今のところ今年の梅雨入りは気象庁、ウェザーニューズとも6月8日を予想しています。
ところで入梅という言葉と梅雨入りとの違いをご存じですか?梅雨入りとは文字通り梅雨の季節に入ることで気象用語です。それに対して入梅とは暦の上での梅雨の時期の始まりということで毎年だいたい6月11日頃です。これは雑節の一つですが雑節とは二十四節気(立春、夏至など)のほかに一年の季節の移り変わりをより的確につかむために、補助的な意味合いを持って設けられたもので、入梅のほかには節分、八十八夜、二百十日などがあります。あまり聞きなれませんが梅雨明けに対して、こちらは出梅という言葉も存在します。

梅雨という時期は雨が多く湿度も高く、個人的には苦手な季節ですが、この時期に降る雨が作物の恵をもたらし、ダムに蓄えられて夏場の水不足を解消するのですから、感謝しなければとも思います。特に今年は豚インフルエンザが流行しましたが、ウィルスは湿度に弱いそうですから、梅雨の時期に入って、ますます沈静化してくれるといいと願います。
梅雨の時期に憂鬱になる原因の一つに、外出時に足元が濡れるというのがありますが、最近は素敵なレインブーツがでまわっているそうです。ヒールがあるおしゃれなタイプもあるようです。通勤はレインブーツ、勤め先に無難なパンプスを置いて履きかえるのもいいですね。傘もお気に入りの傘があれば雨の日が楽しくなるかもしれません。空は曇っていても、心は晴れやかに過ごしたいものです。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 紫陽花

2009年07月06日

星に願いを<七夕(たなばた)>

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七夕は、桃の節句や端午の節句と並ぶお節句のひとつです。
乞巧奠(きっこうでん)という中国の星の伝説(お祭りでもある)が、奈良時代に中国から伝わり、日本古来の行事と融合して出来たもので、それが変化し、現在のような竹笹に願いを書いた短冊を飾ったり、各地で様々なお祭りが行われたりする行事になったと言われています。
七夕の恋物語(織姫と彦星のお話)はよくご存知かと思いますが、中国では、この二人の逢瀬を祝い、織姫(機織りの名手)にあやかって機織りの技が上手くなるように、ひいては手芸や手習いの上達を願って、巧みになるように乞う祭り(奠)という意味の「乞巧奠」が催されるようになり、また日本でも宮中儀式として取り入れられるようになりました。
七夕のお祝いについては分りましたが、では、なぜ七夕を「たなばた」と読むのでしょうか。
これは、日本では七夕は稲の開花期にあたり、水害や病気などが心配な時期であり(半夏雨の時期で大雨が続く時でもあります)、また、お盆の準備をする時期でもあります。
そこで、収穫の無事を祈り、棚機女(たなばたつめ)という巫女が水辺の棚の上に設けられた機屋で棚機と呼ばれる機織り機を使って先祖に捧げる衣を織り上げて、それを祀って神の降臨を待つ禊の行事があったそうですが、やがてこの行事と乞巧奠が交じり合って現在のような形に定着しました。もともとは7月7日の夕方を表して七夕(しちせき)とよばれていたものが、棚機(たなばた)にちなんで七夕(たなばた)という読み方に変っていったそうです。
また、七夕には笹に願い事を書いた短冊(五色=青・赤・黄・白・黒)を飾りますが、本来はサトイモの葉に溜まった夜露を集めて墨を磨り、その墨で文字を綴って手習い事の上達を願いました。サトイモの葉は神から授かった天の水を受ける傘の役目をしていたと考えられているため、その水で墨を磨ると文字も上達するのです。
七夕の由来は、織姫と彦星の恋物語だけではなく、豊作を祈ったり、手技の上達を願ったりと、様々な思いが織り込まれています。そんないろいろな願いに思いを馳せながら、ご家族や仲間同士、七夕を過ごしてみてはいかがでしょうか。
星に願いを込めて… ということで、星をモチーフにしたお料理やお菓子でテーブルを彩るのも楽しいかもしれませんね。
今年の七夕は素敵なミルキー・ウェイが見られることを願いつつ・・・

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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イラスト : 七夕飾り

2009年07月09日

お盆

 もうすぐお盆です。旧暦では8月ですが、私の住む東京では7月13日(12日)にお迎え火をたき、ご先祖様をお迎えいたします。
 
 私は小さい頃から東京で暮らしておりますが、両親の出身が四国だったため、小学生の頃はいつも四国で夏休みを過ごしました。祖父母の家に一か月ほど帰るのが常でした。普段できない経験ができることが楽しみでしたが中でもお盆は記憶に残っています。
 8月12日だったのか13日だったのかは、はっきりと覚えていませんが、女性は御仏壇のまわりをきれいに整えたり、お供えの料理を作ったりいたします。そして、男性はお墓の掃除などをしていたように思います。夕方になると男性が全員で提灯を持ってお墓にご先祖さまをお迎えにまいります。女性はころ合いを見計らい、門のそばにおがらをつんでそれに火をつけて待ちます。そこに、火をともした提灯を下げて男性たちが帰ってきます。そして、おがらの火をまたいで家に入っていきます。お墓からご先祖さまをお連れした、そしてお盆の間は目には見えないけれど、ご先祖さまが同じ家に帰ってきていらっしゃるといわれました。不思議と怖さは感じませんでしたが、子供心にもどことなく身が引き締まる気がし「ご先祖さまがいらっしゃるのなら、いい子にしなきゃ」などと思ったものです。

 今の東京ではお迎え火をたくのも大変です。マンション暮らしの知人が廊下でお迎え火をたいてさんざん怒られたという話を聞きました。昔からの風習が廃れていくのは残念ですが、やはり時代に合わせていかなければならないのでしょう。

 そして15日(16日)には送り火をたいて、ご先祖さまをお送りします。家に仏様がいらして御仏壇があるご家庭では、大切にしていただきたい行事だと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

2009年08月15日

五山の送り火

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 一生に一度は五山の送り火を見たいと思い、昨年初めて8月16日に京都を訪れました。
 五山の送り火は、お盆に迎えた精霊を送る宗教的行事として始り、江戸時代以降は庶民の年中行事に定着しました。葵祭、祇園祭、時代祭とともに京都四大行事の一つとされています。
 午後8時に如意ヶ岳の「大文字」に火が点火され、8時10分に西山及び東山の「妙法」に点火、8時15分に船山の「船形」に点火、同時に左大文字山の「左大文字」にも点火、8時20分に曼陀羅山の「鳥居形」に点火と順々に点火されていきます。火床は木を組んで土台を造り、松明をその上に突き立てますが、鳥居形だけは、木を組まず松明をそのまま突き立てます。
 見どころのスポットはいろいろありますが、五山すべてを見ることができる西陣の船岡山が地元の人々や観光客に人気のスポットです。日が落ちると人、人、人で埋め尽くされ地面が見えなくなるほどです。8時に大文字が点火されると、ウオッーというどよめきが走り、「ついた、ついた!」と感嘆の声が響き渡ります。人の熱気と盆地のうだるような熱気に煽られながらも、送り火は眺める人々の心に静謐さを与え、徳を授けてくださるような気がしました。
 一生に一度見れればいいと思っていましたが、一度見ると見ずにはいられなくなります。
カレンダーを確認すると仕事はオフ、「そうだ、京都に行こう」。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin カテゴリー 季節の行事

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フォト : 五山の送り火

マナー検定の取得はマナー文化教育協会で

2009年10月02日

名月を愛でる

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名月を愛でる --- 観月---

 月の美しさを愛で、秋の実りに感謝する伝統行事。月見、今年の中秋の名月十五夜は10月3日。月は午後4時30分頃、真東から上がる。ススキを飾り、月見団子とともに里芋や秋の果物など供えるのが古来からの習わし。秋は空気が澄んで晴天の日が多いことから観月には最適。各地に月を愛でる行事が趣向を凝らして存在している。平安人が庭の池に舟を浮かべて月見の宴をしていたごとく、現代では人工的な建物と月のマッチングも素晴しい。ライトアップされた東京タワーやレインボーブリッジと月の共演は、私達の心に自然との共存の素晴しさを想い起こさせる。月を愛で、俳句や短歌に、童謡にと詠まれてきた月は、私達の暮らし関わってきた唯一無二の存在。今年はガリレオが天体観測をしてから400年となる、世界天文年であるが、日本人独特の感性で、色々な角度から月を楽しみたいものである。大自然の中に身をおいて、自然の息吹を感じながらの月見。水面に月の光の道を眺め、ロマンティックな感傷に浸るもよし、いや、心の窓辺で月をイメージする、それも月見である。
 さあ、今年の月をどのように楽しみましょうか…
 十五夜だけでなく、毎夜変化する月を追うのも… 月見る月はこの月の月である。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事

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カット : お月見

インターネットから取得できる実用マナー検定

2009年10月12日

体育の日

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 体育の日の意味は、国民の祝日に関する法律(祝日法)では「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」というものですが、その由来は、よく知られておりますように、1964年に開催された東京オリンピックの開会式から来ています。アジア圏で初めてのオリンピック開催日が10月10日だったため、その日を記念して体育の日がつくられましたが、現在は2003年からのハッピーマンデー法により10月の第2月曜日となりました。
 体育の日は、その名の通り、スポーツに関係する記念日で、運動会がよく開催されます。運動会という文化は、文明開化の時に西洋から入ってきた文化で、当時は軍事的な団体訓練の場として運動会が行われておりましたので、決して楽しいものではありませんでしたが、時代と共に変化し、現代ではスポーツのお祭りになり、皆さん運動会を楽しみにしております。
また、スポーツ施設の中には、この日に施設の使用料を割り引きや無料にしたり、様々な催し物を開催する所もあります。スポーツの記念日には、友人と、家族と、仲間達と一緒に、スポーツで汗を流されるのもよろしいのではないでしょうか。

 体育の日の由来となった東京オリンピックですが、開催までには大変な苦労がありました。先日も2016年のオリンピック開催地を巡り、各国でのアピールが行われておりました。今でこそ日本は国際的にそれなりの地位を確立し、どの国とも同等にアピールができますが、東京がオリンピックの開催地として決定された1959年頃は、状況が全く違っておりました。太平洋戦争からわずか14年。やはり日本に対するイメージが良くない国も多く、また、立地条件としても日本は極東の国であって、当時としては選手の移動に多大の時間がかかるという不利な面もありました。他にも社会的基盤を整備しているかどうかの不安視の声などがあり、他国が有利とも考えられていました。
 その不利を跳ね除けるために、比較的日本に対するイメージの悪くない南米諸国の支持票を得る事を考え、在米の日系二世、フレッド和田氏へピーアール役を依頼し、奮闘していただいたおかげもあって、日本が開催国となりました。経済状況は現在と違い、当時は余裕もなく、フレッド和田氏は全て自費で南米諸国を巡って、東京でのオリンピック開催への協力を取り付けたそうです。素晴らしい功績ですね。
 さて、2016年のオリンピック開催地は各国のアピールの結果、リオデジャネイロに決定致しました。東京が落選してしまったのは残念ですが、またいつか日本でのオリンピック開催を期待しつつ、他国開催のオリンピックを楽しみたいと思います。

 日付は変わって、こうした経緯も少しずつ風化しつつある「体育の日」ではありますが、この「東京オリンピック」開催への思いを感じながら「体育の日」を祝いたいと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 東京オリンピック

インターネットから取得できる実用マナー検定

2009年10月17日

『秋の七草』

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 「秋の野に 咲きたる花を 指折り
   かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
   萩の花 尾花 葛花 撫子の花
   女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花」   山上憶良 万葉集

秋の七草は万葉集のこの歌で山上憶良が選定して、今に至っています。
尾花はススキのことで、動物の尾に似ていることから尾花と呼ばれます。
朝貌の花は、今の桔梗のことです。

また、春の七草は、
「君がため 春の野に出でて 若菜摘む
  我が衣手に 雪は降りつつ」           光孝天皇 古今集

と詠われています。
「せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ」の7種ですが、1月7日に無病息災、長寿を願い七草粥に入れて食べる習慣があり、「食」を楽しむものです。

それに対して秋の七草は、秋の野に咲く可憐な花を見ることを楽しむもののようです。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin カテゴリー 季節の話題

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フォト : 秋の七草


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2009年10月27日

Trick or Treat!

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 10月31日はハロウィン。日本でもクリスマスのように季節のイベントとして楽しまれる方が増えて参りましたが、そもそもハロウィンとはどのような行事なのでしょうか。
 日本で言えば、大晦日の行事である「なまはげ」や「節分」、霊を呼び戻す「お盆」等に通ずるものがあります。
 ハロウィンは、キリスト教の諸聖人の祝日「万聖節」の前夜祭で、収穫への感謝と共に悪魔払いをするお祭りです。
 元々は古代ケルトで行われていたお祭りで、古代ケルトの暦は11月1日に変るため、年が変る10月31日の夜に、先祖の霊ばかりではなく、悪霊や魔女がやってきて災いをもたらすと信じられていた事から、身を守るために仮面をかぶり、火を焚いて霊を呼び出したり、悪霊を追い払うようになったと言われています。やがてこれが移民と共にアメリカに伝わったのですが、このお祭りを子供達が怖がったため、子供も楽しめる行事に変化していきました。
 ジャック・オ・ランタン(かぼちゃの提灯)を灯した家々に、ゴーストやゾンビ、魔女の仮装をした子供達が「Trick or Treat!(お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!)」と言って近所を訪ね周ります。このお菓子は霊を鎮めたり、悪霊を払ったり、神様が食べてくれるという意味があるそうです。そのお菓子を持ち寄ってパーティ等をしたりします。
 この、ジャック・オ・ランタンはかぼちゃをくり抜いて作るお化けかぼちゃのランタンです。この明かりは善霊を引き寄せ、悪霊を遠ざける効果があると言われています。ジャックは「けちんぼジャック」と呼ばれた怠け者でズル賢い農夫のこと。天国にも行けず、地獄に堕ちることもできないジャックは、死んだあとも地獄で貰った石炭を燃やした明かりを灯しながら暗い道を歩き続けたというアイルランドの伝説に由来しています。
 日本では、なかなか同じようにハロウィンをする訳にはいきませんが、最近はハロウィン関連のグッズも沢山売っていますし、遊園地等の施設でもこれに因んだイベントを行っています。また、かぼちゃのお菓子や料理、オレンジと黒をテーマカラーにしたディスプレイをしたり、ミニかぼちゃを置いてみたりと、家族で、仲間で、ハロウィンを楽しんでみてはいかがでしょうか。


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フォト : ジャック・オ・ランタン


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2009年11月12日

『七五三』

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 七五三は、もともと公家や武家で行われていた子どもの成長を祝う儀式に由来します。男子は三歳と五歳、女子は三歳と七歳に当たる年に、氏神様に参詣して、これまでの成長に感謝し、今後の福運を祈願します。
 貴族や武家社会では、男女三歳になると、「髪置(かみおき)」の祝いと言って、男子は髪を伸ばし始め、女子はおかっぱ頭から髪を結い始めました。
 男子五歳は、「袴着(はかまぎ)」の祝いと言い、初めて袴をはく儀式が行われました。
 女子七歳は、「帯解(おびとき)」の祝いと言い、それまでの付け紐を取って初めて着物に帯を結ぶ儀式を行いました。
 江戸時代中頃に、これらの儀式を「七五三」としてまとめてお祝いする風習が民間に広まり、今に至っています。「七五三」という数字は、奇数を陽とする陰陽道の影響です。
11月15日にお祝いすることになったのも、この日が陰陽道の吉日のひとつにあたるからです。旧歴の11月は農作業が一段落する時期にあたり、豊作と子どもの成長に感謝して氏神様にお参りしたのです。
 「七五三」と言えば千歳飴ですが、江戸時代に浅草の飴屋が考案して広まったようです。お祝いをいただいたら、お返しに千歳飴を付けます。
 今年は11月15日が日曜日にあたりますので、各地の神社で凛々しい袴姿や小さなお姫さまの晴れ着姿が見られることでしょう。


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フォト : 千歳飴


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2009年12月10日

針供養

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 針供養というのは、折れた針や古くなった針などに感謝をし、供養する行事です。12月8日 京都嵐山法輪寺ではその年に皇室でご使用になられた針を供養するので有名です。針をこんにゃくや豆腐などに刺すのは今までの苦労をねぎらい、たまには柔らかいものに刺して休ませてあげようという心遣いなのだそうです。そして裁縫の上達を願う日でもあります。昔、裁縫は女性にとってとても大切な仕事でしたし、針も高価なものでしたから大切に扱ったのでしょう。
 東京浅草寺では2月8日に針供養が行われます。関西以西では12月、関東などでは2月が多いようですが、先にあげた京都の法輪寺では2月と12月の両方 行うそうです。

 最近の小中学校では家庭科の授業を男女一緒に行います。そのせいか、何時間もかけてパジャマを縫うなどという授業はあまりないようです。皆で献立を考えて時には買い出しにも行って料理を作って食べるというほうが男子にも受け入れやすいのでしょう。確かに料理のできる男性は増えてきましたが、裁縫の得意な男性が増えているという話はあまり聞きません。男性どころか女性もあまり裁縫をしなくなっているようです。私の子どもが幼稚園にあがる時にバッグやスモックなどを手作りしましたが、今は手芸店が手作りを肩代わりするサービスがあります。親は子供が好きなキャラクターなどの生地を買い、付属品のセットを買ってサイズを指定して注文するだけです。
ちょっとしたボタンつけなどもクリーニング店が有料でしてくれる世の中です。一人暮らしの男性などは便利だろうと思っていましたが、どうやら頼むのは男性ばかりではないようです。以前、キッチンにまな板のない家が増えていると聞いたことがあります。裁縫箱がない家庭もそのうち増えていくのかもしれませんね。
 
 和裁の世界と、パッチワークなどの趣味の世界など、あまり生活に密着していないところでしか針が活躍しない生活になってきているようです。針供養の将来はいかに?


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 法輪寺 針供養


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2010年01月02日

「おせち」「おせち料理」

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お正月は日本にある年中行事の中で最も特別で素晴らしい行事です。門松を立て、神棚にしめ飾りを張り、床の間に鏡餅を供える。これらはすべて歳神様というお正月の神様を迎えるための設(しつら)えなのです。最近は段々と簡略化されつつありますが、十二月に入りますとスーパーやデパートなどではお正月用のお供え物の見本が必ず展示されます。
おせち料理とは本来は歳神様へのお供物(くもつ)で、かつては年に5回ある節句(人日〔じんじつ〕、上巳〔じょうし〕、端午〔たんご〕、七夕〔たなばた〕、重陽〔ちょうよう〕)のお供え料理すべてを指す言葉だったのですが、今日では 「おせち」と言えばお正月料理のみを指すようになりました。おせち料理をお正月に食べるようになったのは、歴史の中で伝承されてきた、歳神様はお料理を供えてもらったかわりに私たらに新しい生きる活カを与えてくださるという神道の考え方が基本になっているのです。

<おせち料理とその意味>
一の重:祝い肴・口取り
(イ)紅白かまぼこ(赤は魔よけ、白は清浄)
(ロ)数の子(子孫繁栄)
(ハ)黒豆(健康・勤勉・まめまめしいに通じる)
(ニ)きんとん(金運)
(ホ)昆布巻(喜ぶに通じる)
(へ)伊達巻(文化繁栄)
ニの重:焼き物(海の幸)
(イ)鯛(めでたいに通じる)
(ロ)鮭・ぶり(歳神様に供える年取り魚)
(ハ)海老(長寿)
(ニ)イカ(飾り切りにして松笠に見立てる)
三の重:煮物
(イ)里芋(子孫繁栄)
(ロ)くわい(芽が出る)
(ハ)八ツ頭(万事人の上に立つ)
(ニ)椎茸(松に見立てる)
(ホ)竹の子(竹に見立てる)
(へ)人参(梅型に作る)
(ト)その他、ごぼう・蓮根など
与(よ)の重:酢の物
(イ)紅白なます (祝いの水引に見立てる)
(ロ)酢蓮根 (将来の見通しがよくなる)
(ハ)菊花蕪 (無病息災など)
五の重:控えの重
何も入れない (繁栄の余地があることに通じる)

地域により少々異なりますが、食材には上に記したようにそれぞれを使う意味とともに良いいわれがあるのです。
このように様々な縁起ものをあしらいつつ一品一品を手作りすること自体に儀式的な意味合いがありましたおせち料理は、かつては除夜の鐘とともに神棚に供えてから一家で食したものですが、現在は少しずつ古い習慣が消えていく中で昔から続くおせち料理の型も薄れ、生活の豊かさや多様性を反映してでしょうか、高級料亭のものや洋風のもの、また中華のおせち料理など目新しいものも現れて私たちに選ぶ楽しみや賞味する喜びを与える反面、伝統のおせち料理を手作りするご家庭が減少しつつあるのはまた残念でもあります。
これらのお料理は古来より日本にいらっしゃる神様への供御(くご)なのですから、そこには多少の変化こそあれ、私たち一人一人がここに息づくしきたりの心を感じ、これから始まる新しい一日へ大切に取り入れてみてはいかがでしょうか。きっと私たらの暮らしがより彩りのある豊かで素晴しいものになるのではないかと思われてなりません。


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イラスト : おせち

2010年01月08日

成人の日

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 1月の第二月曜日は成人の日です。今年は1月11日ですね。私にとって成人の日は1月15日で固定されていた印象のほうが強いのですが、2000年から第二月曜日に変更になりました。

 地方によっては成人の日にとらわれることなくお正月休みに成人式を行うところもあるようです。都会に出て働いたり、勉強したりしている若い人達が帰省している間に開催すれば出席しやすいでしょうから合理的な考えですね。一時期、荒れる成人式のニュースを目にすることがありました。成人式の会場で酔っぱらったり、騒いで来賓の方の祝辞を聞かなかったり。ずいぶんと精神的に幼い成人達だと思っていましたが、最近は少し減ってきたようです。私の住んでいる地域では成人式を迎える人達が自分達で式を企画します。約一年前にメンバーを募集し一年かけて晴れの日のために準備しています。主催者側もお仕着せの式ではなく、本人達の心に残る式を考えるようになってきたのでしょうか。

 新成人の方には、ここでもう一度成人になるという意味について考えていただきたいと思います。晴れ着で記念写真を撮ることもいい記念になりますが、それだけでいいはずはありません。‘大人の仲間入りをする’というのはどういうことか、どういう責任が生まれ、権利が与えられるのかしっかり考えてください。そして自分をここまで育ててくれたご家族の方、周りの方への感謝を忘れずにいてほしいと思います。決して一人で大きくなったわけではないのですから。

 成人式をお迎えになる新成人の方々、そしてご家族のみなさま、本当におめでとうございます。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 成人式


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2010年01月13日

『大寒』

 大寒は二十四節気の最後の節で、1月20日ごろをいいます。1月5日ごろの寒の入りを指す小寒は、寒さが最も厳しくなる前とか、寒さが加わるころという意味です。小寒後15日で大寒に入り、大寒後15日で寒が明けます。小寒から寒が明ける節分までが寒の内と呼ばれています。大寒は寒の内の真ん中に当たり、最も寒い時期をあらわします。
 二十四節気とは、古来中国で、季節を知るために太陽の動きに合わせて1年を24等分して、それぞれの季節にふさわしい名を付けたもので、日本に伝わりました。
 寒入りの小寒から寒明けの節分までの寒の内に、寒中見舞いを出す習わしがあります。寒さの厳しい時期に、相手の健康を気遣う季節の挨拶状です。喪中の時や年賀状を出せなかった時に、年賀状に代えて出すことがあります。年賀欠礼の挨拶状を受け取った側が、年賀状の代わりに出すこともあります。
 武道ではこのころ寒稽古が行われます。寒さに耐えて体や技芸を鍛錬することを目的とするもので、海や川では寒中水泳が行われたり、寒念仏などの宗教的な行事も営まれます。
 また、凍り豆腐、寒天、酒、味噌など寒気を利用した食物が仕込まれる時期にも当たります。
 最近は地球温暖化のせいか、庭に霜柱も立たなくなり、霜やけに悩まされることも少なくなりましたが、諸々の寒さが身にしみる日本列島です。節分の翌日が立春、厳しい寒さの後春は必ず訪れます。


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2010年01月19日

女正月は艶やかな“細雪”の観劇

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 明治座のある人形町は、静かな佇まいの中、紅白のもち花と正月飾りの見事さは、江戸の歴史・文化をその佇まいに残しています。明治座までは、和服で歩くのにちょうどよいほどの距離、約500メートルぐらいでしょうか…
 伝統の技を残す人形焼店、型抜きを誇るかつての水飴屋の和菓子店。漬物に甘酒、明治の初めから営業している豆腐店など、横目で楽しみ到着、開演を待ちます。
 本日の席は出演者のご手配によるもの。前列から4番目の中央の席に、美しい四姉妹のごとくに並びます。息遣いまで聞こえるほどの舞台との距離。目の前の美しい着物姿に、言葉に、所作にストーリーに目は奪われ、初春の細雪はお正月に相応しく、艶やかに幕があがっていました。あの谷崎文学を菊田一夫が脚本。ロングセラーの演目にて、名女優がそれぞれに演じています。儚くも美しい四姉妹の物語は以前、帝劇でも華のように咲きほこる女優たちの舞台を楽しみました。舞台は昭和10年代なのに心に染み入ります。何がそうさせるのでしょう!… 時代は変わっても、見る人の心に人を思う優しさも大切な心遣いと、環境に適応しようとする自立心と努力、現代こそ必要とされる生き方であると… そう思えてなりません。だからこそ生き生きと心に響くのでしょう…!
 カーテンコールの美しい紅しだれをバックに、四姉妹の優雅な姿はまさに圧巻。女正月を堪能した次第です。
 初春の行事に小正月があります。この1月15日は女正月とも言われ、女性たちが大正月の忙しさから解放され、芝居見物や初釜、初春を楽しむ会合に出掛けます。きもの姿が目につき、かつて成人式はこの15日に行われ、華やかさを誘っていました。小豆粥を食し、正月飾りをどんと焼きにくべ、無病息災を祈り五穀豊穣を願い、寒餅をついたりします。寒中の行事は、寒さを吹き飛ばすほど、勇壮、豪快に行われます。かつての宮中行事の「左義長」は現在も行われているように、書初めも火の中にくべ祈るなど、各地に伝統は残されています。

細雪…
 映画・舞台で度々上演され有名です。「春の雪」(東宝映画にてマナー指導)出演の尼門跡つきの尼僧を演じた女優 三谷さまの平成21年の年賀状からこの一年後に、この度観劇が実現(かつて帝劇にても上演出演です)。思いを伝えることの大切さは、様々な手段からコミュニケート。観劇の目的から新たな思い出と人への思いが心が生じます。楽屋にささやかな楽屋見舞いをお届けし、初めてお作りの名入りの手ぬぐいは、舞台をつとめる祝いの記念にご用意。私たちの手元に爽やかに残ります。次女(幸子)の友人として登場。しなやかなお姿が印象的。この美しい情緒豊かなお芝居は明治座にて28日まで上演。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事

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フォト : 明治座公演「細雪」

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2010年01月22日

女正月を楽しむ

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 先日、マナー文化教育協会において『女正月』についての研究会がございました。
 1月15日は『小正月』で、15日の朝は家族の健康を祈念し、1年中病気をしませんように、と「小豆粥」(「15日がゆ」ともいいます)をいただきます。
 また、全国の神社、村や町で正月飾りや古い御札、書初め等を燃やす「とんど(どんと)焼き」という行事もございます。大きな火を焚く事は魔除けや世界を清浄するという意味合いを持ち、この火に当った者は病気にならない。この火で焼いたお団子をいただくと無病息災でその年を過ごせる。また、書初めが高く燃え上がれば字が上達する、等とも言われます。
 そして、1月15日は『女正月』でもあります。
 本来、1月15日で正月の全てが終了すると言われ、暮れの大掃除から、おせち料理作り、年始客の接待等々、何かと忙しかった女性達のお正月疲れを取るための休息日であります。14日は「女の年取り」と言ってお夕飯は男性が作る地方や、15日のお昼から晩にかけて「女の酒盛り」といい、男子禁制の酒宴を開くところなどもあるそうです。
 現代においては共働き、核家族化もすすみ、女性だけが忙しく立ち振る舞うということはあまりございませんが、お正月が明け、お互いに労いつつ『女正月』を楽しむのもよろしいのではないでしょうか。
 研究会ではお正月に因んだ設えをし、屠蘇器で1年間の邪気を祓い長寿を願って御屠蘇をいただき、また「歯固め」の行事に因み「菱葩餅」をいただきました。「歯固め」は平安時代、お正月の宮中の重要な行事「お歯固め」なるものがあり、「歯」を「齢」と解して、歯を固める=長寿の素と考えられていたようです。白いお餅(羽二重餅)に菱形の紅色のお餅を張りぼかし、白味噌餡と甘い蜜漬けゴボウを挟んだ「菱葩餅」はとても美味しかったです。新年のお菓子、初釜のお菓子としていただきます。
 その他にも、おめでたい文様(宝尽や亀甲、鳳凰等)やおみくじのお話、回文を使ったおめでたい掛け軸のお話等を聞きながら皆で『女正月』を楽しませていただきました。
 年の初めの年中行事、これからも1年間の健康と長寿を願い大切に伝え、行っていきたいと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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イラスト : 花びら餅

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2010年02月01日

鬼は外、福は内 …節分…

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 2月3日(年によっては4日)は節分です。皆様も豆撒きをしたり、最近では恵方巻をいただいたりと、節分の行事を行っている事と思います。子供達は鬼のお面を被った人に豆をぶつけたり、年の数だけ食べる豆を楽しみにしていたりと、人気の高い年中行事の一つです。
 節分とは本来季節の分かれ目である「立春、立夏、立秋、立冬の前日」のことをいい、年に4回ありますが、これが室町時代あたりから、春を迎えることが新しい年を迎えることもでもあったため、最も重要ということで立春の前日だけを指すようになりました。
 昔は季節の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられ、中でも年の分かれ目は重要で、旧暦では新年が春から始まるために立春の節分は、大晦日に相当する大切な節目でした。そして、奈良時代に古代中国より伝わった「追儺(ついな)」という邪気払いの行事が、平安時代に宮中行事として取り入れられ、その行事のひとつ「豆打ち」の名残が「豆撒き」で、江戸時代に庶民の間に広がりました。豆を『打つ』→『まく』に変ったのは、農民の豊作を願う気持ちを反映し、畑に豆を蒔くしぐさを表しているからと言われています。
 こうして、新年を幸多き年にするために、災いをもたらす鬼を追い払う節分行事が定着しました。
 鬼は邪気や厄の象徴です。形の見えない災害、病、飢饉など、人間の想像力を超えた恐ろしい出来事は鬼の仕業と考えられました。その鬼を追い払うためにするのが「豆撒き」です。
 節分の豆撒きは、災いをもたらす鬼を追い払い、新年に福を呼び込むための行事です。その時に使う豆は「大豆」ですが、大豆には霊的な力が宿ると信じられており、神様へのお供え物としても使われます。また、昔々、京都鞍馬山に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけて退治したという話があり、魔の目(魔目=まめ)に豆をなげつけて魔を滅する(魔滅=まめ)にも通じます。
 基本的に豆撒きに用いる豆は大豆ですが、拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いため、必ず炒り豆でなくてはいけません。また「炒る」は「射る」にも通じ、炒った豆を「福豆」といいます。福豆は神様の力が宿るように、豆撒きをするまでは神棚(もしくは神棚の代わりにタンスなど目線よりも高い所)に白い紙を敷いてお供えしておきます。そして、鬼は真夜中にやってくるので、できれば夜に豆撒きをする方が効果的です。一家の幸せを願う行事なので、本来は家長が豆を撒く役目。また、厄年の人、年男、年女がいる場合には、その厄払いの意味でも適任です。イベントとして楽しむ部分も大きいので、家族全員で撒き、それぞれの厄を祓っても良いでしょう。
 撒き方は地方により様々ですが、だいたいは奥の部屋から順番に窓を開けて「鬼は外!」と外へ向かって2回撒き、鬼が戻らないように直ぐに窓を閉めてから「福は内!」と室内に2回撒きます。最後は玄関に撒いて、家中の鬼を追い出します。
 豆撒きが済んだら、1年間無事に過ごせるよう願いながら、自分の年齢よりも1つ多く豆を食べます(伝統行事は数え年で考えるため)。福豆を食べることで邪気を祓い、病に勝つ力もついて福を呼ぶとされています。しかし、歳をとるにつれて豆の数も食べきれない年頃に。そのような時は「福茶」を飲む方法でも良いでしょう。
 【湯のみ1杯分の福茶】
・福豆・・・3粒(豆撒きの豆。香ばしく炒ります)
・塩昆布 or 昆布の佃煮・・・適量
・梅干・・・1粒(種を取る)
・熱湯・・・180cc(お好みで緑茶)
 材料を全部入れ、熱湯を注ぎ、豆がふやけてきたら飲み頃。梅干を潰しながらいただきます。
◆福豆が3粒なのは縁起のいい吉数で「まめまめしく働ける」という意味もあります。昆布は「よろこぶ」、梅はおめでたい松竹梅に通じます。
 その他恵方巻き(丸かぶり寿司)を、その年の恵方を向いて丸かじりすると幸運に恵まれ、無病息災や商売繁盛をもたらすとされています。このとき、しゃべると運が逃げてしまうため、食べ終わるまで願い事をしながら黙々と最後まで召し上がってください。
 節分に欠かせないものをもう1つ。鬼は、鰯の生臭い臭いと、柊のトゲが大の苦手です。そこで、鰯の頭を焼いて臭いを強くしたものを柊の枝に刺し、それを玄関先に取り付けて鬼が入ってこないようにする風習があります。「焼嗅(やいかがし)」「鰯柊」「柊刺し」などの呼び名がありますが、昔から臭いの強いもの、トゲのあるものは魔除けや厄除効果があるとされています。
 新しい年を迎えるに当り、「節分」本来の意味も忘れないようにしながら、家族皆さんで「豆撒き」を楽しんではいかがでしょうか。
 今年も邪気を祓って福を招き、幸多い一年を過ごせますように。

「鬼は外! 鬼は外!  福は内! 福は内!」

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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イラスト : 節分

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2010年02月23日

梅の香に誘われて …牛天神梅まつり…

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 2月の麗らかな日曜日、梅の香に誘われて友人と共に梅祭りに訪れました。
 場所は東京春日の里に鎮座する「牛天神」北野神社です。こちらの神社は菅原道真公をお祀りされており、その道真公が梅の花を愛され、いとおしまれた事を千百年の時を超え、皆に知ってもらいたいと、毎年梅まつりを催されているそうです。
 紅梅白梅、枝垂れたもの等、様々な梅に囲まれた階段を登ると、そこにこじんまりとした神社がございます。境内にも赤やピンク、白の梅が咲き乱れておりました。とても可愛い花々です。手水舎で手を清めた後、お参りを済ませ、梅を楽しみました。
 御祭ということで、境内では甘酒や豚汁が振舞われておりました。それをいただきホッと一息。とても美味しい甘酒に少々酔いしれながら周りをながめていると、カメラを片手に写真を撮られている方が沢山いらっしゃいました(皆さん一眼レフのような大きなカメラを持ってさながらカメラマンです)。すると、甘酒と豚汁を楽しんでいる私達の元に「とっても美味しそうに召し上がってらっしゃるから…」とカメラを持ったご婦人が写真を撮って下さいました(笑)
 境内の中心には、樹霊100年の木槲がございます。真剣に心をこめてお願いすると必ず願いが叶うといわれております。その木の奥では野点も催され、こちらの梅で作られた梅のお菓子と共に、皆さんお茶を楽しんでおられました。
 おみくじとお守りを買うと、神社の梅を5年から10年漬けて作られた梅酒を下さいました。大きな梅の実が入った美味しいお酒です。お守りも梅まつりに因んでこの時期だけ作られているピンクの可愛らしいものでした。
 こちらは牛天神ということですので、牛石と、大きなねがい牛(なで石)がありました。このねがい牛はとても大きな自然石です。私も家族の健康等を願いながら、この牛をなでさすりました。
 社務所の向かいには「縁のむすび(心の絆)」という、おみくじを結ぶ所が設けられております。この神社にはご夫婦が祀られていることから、縁結びや大願成就だけでなく、恋愛成就にご利益があるということで、この「縁むすび」はハートを模られていて、とても可愛らしいものでした。そこにはこう書かれています。
 『人の一生は、縁ではじまります。
  縁には良い縁もあれば、良くない縁もあります。
  又、良くない縁も良い縁に変えることができます。
  出逢いを一期一会と決めて、大切にすることによって、縁にふり回されることなく、
  縁に生かされ、愛に導かれた人生を歩むことができます。
  万物を愛する清らかな心で幸せをお願いしましょう。』
心の絆を大切にしていただくために、と本年から結びどころを設けられたそうです。
 「一期一会」素敵な言葉ですね。一生に一度しかない出合い。人との出会いは一生に一度限りと心得、人との縁を大切にしていこうと改めて思いました。
 まだ雪のちらつく寒い日が続くなか、春を感じる暖かな休日に、友人と訪れた小さな神社の御祭でしたが、冷えた手を温めてくれる美味しい甘酒や豚汁を振舞ってくださった方々、それを楽しんでいる私達を嬉しそうに写真に撮って下さったご婦人、長い時間をかけて漬けた梅酒を下さった神社の方。そこだけの係りかもしれませんが、素敵なご縁をいただきました。
 そんな、心温まる体験をさせていただいた、2月の麗らかな一日でした。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 牛天神梅まつり


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2010年03月03日

桃の節句

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3月3日は‘ひな祭り’です。女の子のいるご家庭では、お雛様を飾られたでしょうか? 

我が家は‘ひな祭り’の直前の週末にお雛様を飾り、3月3日を過ぎたらすぐにしまうのが習慣になっています。いつまでも飾っているとお嫁に行くのが遅くなるという迷信があるので、娘達のためになるべく早く片付けてしまおうということです。
ただ、私自身のお雛様は3月3日を過ぎてもしまわず、4月3日を過ぎた頃にやっとしまっていました。その理由は私の母の郷里の風習によるものです。母の郷里は‘ひな祭り’を4月に祝うのです。‘桃の節句’ではなく、完全に‘桜の節句’です。お盆や七夕を月遅れでする地方があるように、‘ひな祭り’も月遅れなのです。それでも私が結婚したのは遅い方ではないですから、ついついしまうのが遅くなるご家庭もご安心くださいね。

今は亡き舅は我が家の娘達とケーキを買いに行くのが好きでした。娘達を喜ばせたい舅の精一杯の愛情表現だったのだと思います。
誕生日はもちろん、学期が終わって通知表を持って行くと、よく頑張ったと言って娘達を連れてケーキを買いに行きます。もちろん‘ひな祭り’もです。特にお雛様のケーキはかわいく飾りつけられていて娘達も嬉しかったと思います。

今年もお雛様を収納から出してきて飾りました。この一年、娘達にとってはいろいろなことがあった年だったのでしょう。それぞれが成長してくれた嬉しい年でもありました。一年間、無事に過ごすことができ、こうしてお雛様を飾ることができるのは当たり前のようですが幸せなことです。
桃の花を飾り、雛あられをそえて、あと忘れずに玄関に手作りの額を飾ります。娘達が小さい頃、喜ぶ顔が見たくて私が刺繍したものです(もちろんキットで買ってきたものです)。娘達の成長を楽しみに作った額は毎年我が家の玄関を飾ります。我が家の小さな幸せをいつまでも見守っていてほしいものです。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : 刺繍のおひなさま


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2010年03月20日

『春分』

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 春分は、二十四節気の一つで3月20日か21日、または、この日から清明までの期間を指します。天文学では、太陽が春分点を通過した瞬間、つまり太陽の視黄経が0度となった瞬間を春分と定義しています。日本では春分の日は国民の祝日となります。1948年に国民の祝日に関する法律(祝日法)が制定されましたが、それによりますと春分の日は、自然をたたえ、生物をいつくしむことを趣旨としています。1947年までは春分の日は春季皇霊祭という祭日でした。この日をはさんで前後7日間が春の彼岸となります。
 春分の日は、国立天文台の算出する天文学的春分日を元にして閣議決定され、前年2月に官報で告示されます。天文学に基づいて年ごとに決定される国民の祝日というのは、世界に類を見ないようです。
 キリスト教では、春分を基点として春分後最初の満月の次の日曜日を復活祭の日と定めています。この場合の春分は暦の上での3月21日に固定されています。
 春分の日は、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼夜の長さがほぼ同じになります。太陽が赤道上にあるため、天文的な位置関係から昼夜の長さが等しくなるように思えてしまうのです。実際には、日本付近では、年により差がありますが、平均すると昼が夜よりも約14分長いようです。
 春分の日は、私たちにはお彼岸の中日という方が身近に感じられます。お墓参りをして、春のお彼岸に食べる牡丹餅、ぼたもちを美味しくいただきましょう。

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フォト : ハクモクレン

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2010年03月29日

仰げば尊し

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今日は近隣の小学校の卒業式に参列いたしました。 冷たい雨の卒業式となりましたが、立派な六年生の巣立ちゆく姿に寒さも忘れました。

式はまず、卒業証書の授与から始まります。ひとり一人が壇上に上がり、校長先生から卒業証書が手渡されます。

列席した学校では、毎年六年生と卒業のお茶会をしていますので、子どもたちの顔は知っています。担任の先生は、元気過ぎて…とおっしゃいますが、お茶の体験の時は、礼をわきまえてふるまってくれるのです。 きれいに掃除された清々しい空間… 誠意をこめたおもてなしは、子どもたちにも通じるのだと思っています。子どもたちは、使いなれない言葉を少し照れながらも使い、正座をし、背筋を伸ばして、『なりきる』のです。なりきることも大切で、なかなか、『なりきる』ことさえ難しいことなのです。『なりきり』=『型』だと思います。まず型から入ってみる。そして、そこに『血』を通わせることができたら本物になります。

さて、式典は、式辞、告辞、祝辞と進み、いよいよ、子どもたちの『門出の言葉』になりました。子どもたちはこの日のために何回か練習をしたのでしょう。途中五年生の送る言葉を交え、歌あり、リコーダーありの掛け合いと群読。 ことばを言いながら、目をこする姿も見られます。 そんな姿をみると、こちらも目頭があつくなります。

『なりきって』式典に臨んだブレザー姿の彼らは、歩き方もお辞儀も立派にされ、暗記したことばを披露した時、心の奥から、込みあがるものが、涙となってにじみ出たのでしょう…。 真面目に取り組む気持ちが『血』を通わせ、美しい姿となり、涙を溢れさせたのではないでしょうか?

この子供たちの涙を見るたびに、みんな幸せになってほしいと強く思います。この純粋な気持ちを持ち続けてほしいと思います。よい環境で育ってほしいと思い、涙がにじんで参ります。

20年来賓として参列しているこの学校の卒業式で、今日、初めて『仰げば尊し』を聞きました。列席の来賓の中からも涙を拭う姿が見られました…。

73名の子どもたちが全員、感謝の気持ちを忘れないでよい人生を歩んでくれることを、心から祈りました。体育館の屋根に響く土砂降りの雨音をも伴奏にしてしまうような、美しい『仰げば尊し』を聞きながら…。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の行事

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フォト : 山本健二 歌唱アルバム第17集「仰げば尊し」


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2010年04月02日

イースター(復活祭)

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今年は4月4日がイースターです。‘春分の日の後の満月の後の最初の日曜日’と決められているので、年によってかなりはばがあります。十字架にかけられて亡くなったイエス・キリストが3日後に復活したということを記念する、キリスト教徒にとって最も重要な日だと言われています。

子どもが赤ちゃんの頃、友人がウサギとタマゴがデザインされた可愛いカードを送ってきてくれました。その当時はまだイースターという言葉さえあまり知られていない頃で、ずいぶん可愛いカードだと嬉しかったことを覚えています。
ウサギはイースターバニーと呼ばれ(多産なところが復活のイメージにあっている)、タマゴはイースターエッグと呼ばれます(タマゴから雛が孵るところがキリストがお墓から出てくるところを象徴している)。

娘の通った幼稚園はプロテスタントの幼稚園でしたので、イースターの行事がありました。きれいに色づけされたタマゴを先生方が幼稚園中に隠し、それを子どもたちが探すというものです。たくさん見つける子もいればそうでない子もいましたが、日本ではあまり馴染みのない行事に子どもたちは皆、楽しそうでした。各自、タマゴをいただいて帰ってきましたが、あれは本物のゆでたまごでした。最近ではタマゴの形をしたチョコレートなどがずいぶん売られているようです。

ヨーロッパに行って美術館をめぐると、聖書にまつわる題材が非常に多く見られます。先日マドリッドのプラド美術館で見た絵の中にも、復活したイエス・キリストが信者に囲まれている絵がありました。手、足、そして着衣で見えないこともありますが脇腹に傷跡があることから、復活後のイエス・キリストだとわかります。西洋絵画を鑑賞する際、数ある決まりごとを知っていると理解がより深まります。

イースターはまだまだ日本では知名度が低いですが、これからヴァレンタインのように盛んになって、タマゴ型のチョコレートが街をにぎわす日がくるかもしれませんね。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Fuwari カテゴリー 季節の行事

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フォト : イースターエッグ


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2010年04月07日

『サクラ咲く』

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 今年もサクラが見事に咲きました。紀尾井町の弁慶堀にかかる弁慶橋から眺めるサクラも満開の4月吉日、マナー文化教育協会の認定証授与式とパーティーが開催されました。
 認定証を授与される方々にとっては、1年間学ばれた締めくくりの大切な一日です。私も皆様のハレの日を応援いたしたくお手伝いに参上しました。また、参加させていただくことによって、私にとってもさらなる学びの場となります。
 授与式はセレモニーとして、粛々と厳かに進行されます。張り詰めた緊張感が漂う空間は、私たちを凛とした気分に誘ってくれます。司会者のご案内も整然と簡潔に区切られ、それに沿ってお手伝いの者は計ったように無駄なく動きます。私は初めて写真撮影の担当を承りましたが、実際に動いて気づいたことは、予め自分の動線を決めておくことが肝要だということです。セレモニー中の無駄な動きは、参加されている方々の目障りになりご法度だと思います。リハーサルの重要性をあらためて感じました。
 厳粛なセレモニーの後は、華やかなパーティーの始まりです。パーティー会場のテーブル席上には、院長お手作りのしおりが置かれ、おもてなしのお心に先ほどの緊張感が溶けていくようです。なごやかな雰囲気の中、春の彩りも鮮やかなフルコースのお食事をいただきました。
 授与式とそれをお祝いするパーティー、待ちに待ったゴールの日でもありますが、これからのスタートの日でもあります。微力ながらお手伝いをさせていただけたことは感謝であり、私にとりましてもスタートの日となりました。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事

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フォト : 弁慶橋から眺めるサクラ

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2010年04月13日

春爛漫の入学式

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 4月、入園、入学シーズンです。
 大きなピカピカのランドセル、少し大きめの制服に身を包み、沢山の希望に胸を膨らませながらの入学式が、あちらこちらの学校で執り行われています。
 新しい先生やお友達と整列しながら、少し緊張気味での面持ちで入場してくる様は、とても微笑ましく思えます。
 先輩達に迎えられての入学式。学校により様々かと思いますが、学校を象徴する曲や、校歌の紹介、校長先生のお話、入学児童や生徒による宣誓と、この式の間にも期待や決意が深まっていくように思えます。
 初めての集団生活、新しい学校に通い始める子供達は、此処はいったいどんな所だろう? と期待でワクワクしていることでしょう。また、ちょっぴり不安に思っている人もたくさんいると思います。でも、学校は楽しいところ。1人ではなく沢山の仲間と、いろいろな事を学び、机上の勉強だけではなく、運動会や音楽会、遠足や文化祭、様々な行事での学びもあります。先生や上級生に支えられ、沢山の友達を作り、勉強し、沢山遊び、自分の世界をどんどん広げてもらえたらいいな、と思います。
 新しいクラス、新しい先生、新しい仲間との生活は、とても刺激になり、そんな沢山の出会いの中でやりたい事も見つかっていくことでしょう。やりたい事に向かって、精一杯努力していく、そんな中で思いがけない壁にぶつかる事もあるかもしれません。しかし、ここで出会った仲間はきっと助けてくれる事と思います。出会った人を力いっぱい愛し、そして助け合い励ましあいながら生活していって欲しいと思います。
 入学式。期待と不安がいっぱいの子供達。これから徐々に親から離れていく上で大切な事、生きる術を学んでいきます。そんな彼等の門出を心から祝いつつ、成長する上で必要な事はできるだけ応援していきたいと思いました。
 がんばれ新入生! ドキドキわくわくするような経験を、沢山していって下さい。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 入学式イラスト


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2010年04月23日

『サン・ジョルディの日』

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 4月23日はサン・ジョルディの日です。サン・ジョルディの日は、バルセロナを州都とするカタルーニャ地方の伝統的な祝祭日で、カタルーニャの守護聖人である騎士サン・ジョルディの伝説に由来します。
 昔、カタルーニャ地方では悪い竜が住民を脅かすため、若い娘を毎日生贄として竜に捧げていました。ある時、その生贄に王家の姫が選ばれてしまい、ローマの騎士サン・ジョルディが竜を相手に勇敢に戦い姫を助けたのです。竜の流した血は、真っ赤なバラの園になったということです。
 騎士サン・ジョルディの雄姿は、カタルーニャの自治や言語を禁止したフランコ独裁政権と闘う精神と重なり、カタルーニャ人にとっては、サン・ジョルディの日は解放を象徴する日であり、自治を獲得した記念日なのです。
 カタルーニャ地方では、この日に、男性は女性に1本の赤いバラを贈り、女性は男性に1冊の本を贈ります。赤いバラは美と愛、本は教養と知性のシンボルだそうです。街には多くの花や本の市がたちます。
 4月23日は、「ドン・キホーテ」で有名なスペインの作家セルバンテスと、イギリスの文豪シェークスピアの命日でもあることから、ユネスコにより「世界本の日」に指定されています。
 サン・ジョルディの日は、単にバラと本をプレゼントし合う日なのではなく、カタルーニャ人にとってバラは血(独裁者の死の証)を、本は圧政によって失ったカタラン語を象徴しているという鎮魂のメモリアルであることを遠く離れた私たちも忘れてはならないと思います。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事

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フォト : バラ

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2010年06月21日

スローライフを楽しむ -- 夏至 --

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 夏至は二十四節気のひとつで、一年で最も昼の時間が長くなる日です。
 太陽が天球上で最も北に位置し、北半球ではこの日に太陽の南中高度が最も高くなるので、昼間が最も長く、夜が最も短いのです。
 太陽が一番長く出ている夏至に行なわれるお祭りがあります。太陽の化身「天照大神」を迎えるお祭りです。
 三重県二見浦には、その太陽の位置から、夏至の時期だけ夫婦岩の間から朝日が昇ります。そして、この海中には興玉神石があり、昔その石は、常世の国から神が寄り付く聖なる場所と言われてきたそうです。そして、夫婦岩はその鳥居と見なされていました。
 そこで、二見浦では「夏至祭」が行なわれ、白装束に身を包んだ300人近くの善男善女が、天照大神を迎えるために、祝詞を唱え、気合を入ながら海に入り、朝日が昇ろうとする夫婦岩に向け歩いていき、そして朝日に向かって国歌を合唱するそうです。
 そして、夏至に行なわれるイベントをもうひとつ。
 2003年から行なわれ、今年で10回目となる「100万人のキャンドルナイト」(夏至と冬至に行われます)があります。現代、とくに今年はECOに関するイベントが盛んですが、省エネルギーや地球温暖化防止、そして、スローライフを目的としています。
 『でんきを消して、スローな夜を』をスローガンに100万人にキャンドルナイトを呼びかけています。そしてスタートするにあたり、「日本で一斉に電気を消す日は、いつにしようか」という議論がありました。「アースデー」や「終戦記念日」等の意見が出たようですが、それぞれの国の社会事情や人間の都合で決められた記念日ではなく、地球に住んでいればどこの国でも必ずやって来る共通の日に開催したい、との思いで、地球にいればどこであろうと必ずやって来る「夏至」と「冬至」(北半球と南半球では真逆なので)に行うこととなりました。それはいつか地球規模で、主義や主張、立場や国籍の違いを超え、私達が暮らす地球が太陽を中心に宇宙のどのあたりにいるのか、そういうことを考えながら暗闇を楽しむ日にしたいという思いがあるそうです。
 夏至(冬至)の夜8時から10時の2時間、皆で一斉に電気を消して、ロウソクの光を楽しみつつ、子供と絵本を読んだり、静かに恋人と食事をしたり、省エネや平和、世界のいろいろな場所で生きる人々を思いながらスローな時間を過ごす。とても素敵なイベントですね。
 キャンドルナイトでは東京タワーの明かりも消されます。煌びやかな夜景も素晴らしいですが、くらやみで夜空を楽しむのも良いですね。
 私もこの2時間、コンセントを抜いて、アロマキャンドル等でスローな夜を楽しみたいと思います。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 ☆Fain☆ カテゴリー 季節の行事

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フォト : 消灯後の東京タワー


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2010年07月02日

夏の風物詩

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 夏の風物詩として親しまれているのが、入谷鬼子母神を中心として7月6日から8日まで開催される入谷朝顔まつり(朝顔市)です。言問通りに120軒あまりの朝顔業者と100軒あまりの露店が並び、毎年40万の人々が夏の風物詩を楽しんでいます。
 朝顔は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年草で、奈良時代の末期に遣唐使が種子を薬用として持ち帰りました。種子は牽牛子(ケンゴシ)と呼ばれる生薬で、大変貴重な漢方薬であったため、古来中国では牛を牽いて交換の謝礼に行ったことが名前の由来です。朝顔はケンゴシの花ということで、別名牽牛花(ケンギュウカ)とも呼ばれています。これを七夕の牽牛に関連付けて、朝顔まつりは七夕の前後の日程で開催されるようになったといいます。
 日本でも奈良時代、平安時代には下剤の効能がある薬用植物として、朝顔は珍重されていました。江戸時代になると、品種改良が盛んに進んで観賞用植物となり、入谷の朝顔まつりの始まりへとつながります。御家人や下級武士が、花粉の交配を調整して様々な変わり咲きの朝顔を内職で栽培していたようです。今でいうガーデニングのブームでしょうか。
大正時代になると、世情を反映して朝顔まつりは入谷から消えてしまいましたが、戦後昭和23年に世の中を明るくしようと朝顔まつりは復活し、江戸情緒豊かな夏の風物詩は今に至っています。
 江戸っ子が「恐れ入谷の鬼子母神」とその御利益を洒落た鬼子母神をご参拝しつつ朝顔に涼を求めに、初夏のそぞろ歩きはいかがでしょうか。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事

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フォト : 入谷朝顔市


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2010年07月07日

笹の葉サラサラー♪ 七つの飾り

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 七月七日は七夕です。
 各地で催される七夕祭も楽しみです。仙台七夕祭などは大きくて有名ですね。
 最近は商店街やお店などでも七夕飾りがそこ此処に飾られていて、とてもキレイです。短冊には様々な願いことが書かれています。幼稚園や学校でも七夕の行事が行なわれ、皆で願いことを書いたり、飾りを作って飾りつけた物をお庭で掲げています。
 私達も子供のころ、色とりどりの短冊に願い事を書いたり、網を作ったりしました。
 その七夕飾りは七つの飾りがあります。そしてその飾りにはそれぞれ意味があり、願いが込められています。
 先ずは、七夕飾りには欠かせない『短冊』。六日の朝早く、カラトリ(サトイモ)の葉に溜まった夜露を集め、小川で洗い清めた硯に移し取って墨をすり、歌や書の上達を願い、詩歌や「七夕」「天の川」などと書いて飾りました。昔は紙が貴重でしたので、梶の葉に歌をしたためました。現在は折り紙等キレイな紙を短冊にして願い事を書くようになりました。
 『吹き流し』。昔の織り糸を垂らした形を現しています。機織りや裁縫の技芸の上達を願いました。現在の吹き流しは、青、赤、黄、白、黒(紫)の五色の織り糸の形が原点です。
 『折鶴』は、延命長寿の願いがこめられています。かつては一家の最年長者の年の数だけ折って吊るしたそうです。
 『投網』。小さい頃は折り紙を折って、細かく切れ目を入れて、繊細な網が出来あがると嬉しかった記憶があります。これは、魚介の豊漁を祈ると同時に、食べ物に不自由しないよう豊作を祈りました。今年の幸運を寄せ集めるという意味も含まれています。
 『屑籠』は、和紙飾りの裁ち屑を中に入れて下げますが、清潔と節約の大切さを養う意味があります。
 『巾着』。富貴を願い、節約、貯蓄の心を養うことを願って飾ります。
 『紙衣』。紙で作った着物です。裁縫や技芸の上達の願いをかけました。七夕竹の一番先端に吊るす習わしがあり、子供が丈夫に育つよう、病や災いを身代わりに流す形代の意味もあるそうです。
 子供の頃にはキレイな飾りを作り、それを願い事をしたためた短冊と一緒に飾る事が楽しかったものですが、その飾りにもそれぞれに意味があり、願いが込められたものなのですね。今年の七夕は短冊だけではなく、飾りにも願いを込めながら笹に飾りつけたいと思います。
 まだ梅雨明けには早い時期ですが、今年は美しいミルキーウェイを見ることができるでしょうか。


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フォト : 七夕イメージ


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2010年07月08日

ほおづき市

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 6月から7月にかけて淡い黄色の花を咲かせるホオヅキは、花の咲いた後に六角状のガクの部分が発達して果実を袋状に包み、熟すとオレンジ色になります。開花時期に合わせて日本各地でほおづき市が開催されますが、毎年7月9日と10日に開かれる東京浅草寺のほおづき市は、江戸時代から続いており60万人の人出を集め有名です。
浅草寺のほおづき市は、四万六千日分の御利益があるとされた7月10日の観音詣での縁日と、盆の草市が結びついたものです。江戸の庶民は、浅草寺に観音詣でをして、雷よけのホオヅキや盆の草飾りを買って帰り、御先祖様の仏壇に飾ってお盆を迎える準備をしたのです。
 ホオヅキの赤い実は、皮を破らないように中の種を丁寧に取りだし、風船のようにして音を鳴らす笛として子どもの遊びに使われていました。遊ぶ子どもたちの頬の様子から「頬突き」と呼ばれるようになったという説があります。また、ホオというカメムシがこの植物によく集まってくることから「ホオ好き」と呼ばれるようになったという説もあります。漢字では鬼灯と書いてホオヅキと読ませます。中国語で小さな赤い提灯の意味です。日本でも死者の霊を導く提灯に見立てて仏壇に飾るようになったのです。
 昔、姉の真似をしてホオヅキの実で笛を作った記憶が蘇ります。幼く不器用な私は笛を作るのも、鳴らすのも得意ではなく、切ない思い出のホオヅキには近寄らなくなっていましたが、既に時効は過ぎました。今年はリベンジしましょうか。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事

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フォト : ほおづき市


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2010年07月12日

お中元

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 お中元の中元は、中国の道教の行事である三元(上元、中元、下元)のひとつを指します。もともと道教では、中元は人間贖罪の日として、一日中火を焚いて神を祝う風習があり、その後死者の罪を赦すことを願う日となりました。中国仏教ではこの日に、祖先の霊を供養する盂蘭盆会を催しました。中元と盂蘭盆会が習合して一体化したのです。
 日本ではこれがお盆の行事となり、お世話になった方々に贈り物をするお中元が派生しました。日本では中元の日付は、明治の改暦により、お盆と同じように地域により、7月15日または8月15日になりました。おおよそ東日本では7月15日、西日本では8月15日ですが、全国的な標準は7月15日となっています。ほとんどの地域でお盆と日付が一致しますが、お中元が7月15日で、お盆が8月15日の地域もあります。
 
 お中元の贈答は、贈り先の日付の月初めから15日ごろまでに届くようにします。お中元は(お歳暮も)贈り始めたら、相手との付き合いが終わるまで続けるのが基本ですので、1回だけ感謝のしるしとして贈るなら、御礼の形で届けるのもひとつの方法です。
またお中元はお祝い事ではないので、喪中であっても贈ったり贈られたりは差支えありません。お返しも必要ありませんが、お礼状だけは差し上げたいところです。
 先方の嗜好に合った品選びに苦慮される方が多いのではないかと思います。品選びのポイントは家族構成でしょうか。案外、先様の嗜好というのはわからないものです。私はビールが届くと「ヤッター!」と歓喜の一声ですが、妹のところは誰もビールを飲まず、いつも拙宅に宅配便で回ってきます。このような贈答品流れは相当予想されます。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事

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フォト : お中元イメージ


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2010年09月23日

秋まつり憂愁

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 9月11日、12日は東京のあちこちで秋祭りが行われた。
 この夏の異常気温はまださめやらず。その中で秋を迎えるまつりに、土地を離れた人達も土日とあって故郷へ戻り、懐かしい思いでまつりを見物。また、その中に加わって熱い気持ちで過ごす。今年も変らないまつりが行われ、人々が集う…私もその中の一人。子供の頃にワクワクと楽しみに迎えた。
 東京の外れ、トトロの森近くにある豊鹿島神祭の秋まつりに出向く。神社の歴史は古く、400年に及び、平将門の時代と縁起にある。その参道に沿って実家があり今も健在。もう40年もこのまつりに遭遇していない。
 神殿内で行われた古式ゆかしい儀式の後、神輿に御霊をうつす。特別なお祓いの後、関係者の挨拶。御神酒が開かれ、振る舞われる。白装束に烏帽子姿の人達が神輿を囲み、まつり半纏姿の男達、若衆がそれを取巻く。神輿は担ぎ手と共に、境内を静々とご神木の間を抜け、動きはじめる。その後に子供神輿が続く。境内には紅白の幕で囲まれたやぐらがあり、手水鉢には竜を模った竹が見事にしつらえてある。四手の飾りは、神聖な神の宿る入口に相応しい。男階段を下る参道の右に左にと、びっしりとまつりを目がけて集まった店が並んでいる。この景色は、昔と少しも変っていない。
 神社入口に構えていた山車を先導に、神輿が2台。そして休憩場で給水する荷物を積んだ車もあとに続く。祭囃子に誘われ、沿道は人、人、人の波。警察、消防団の人の姿もある。この地の氏神様が地域を回る、年に一度の秋まつりである。地域の安全と無病息災、豊かで平和なこの地を願い、二日にわたり、全地域の隅々まで神様が降り立つよう…神輿を担ぐ人の手にゆだねられる。
 故郷の美しさと、昔以上にまつり一連の行事が整然と行われ、子供の頃目にする事のなかった情景を目の当たりにし感動。神社の氏子らを中心になされるこのまつりは、近年、神輿保存会の人々によっても大切にされ、今に至っている。
 かつては、14日、15日と行われていたと記憶しているが、土日に変化。まつりをする日は大切な日として選ばれ、地元に根づいている。花火の合図と共に始まり、夕方7時からの踊りは老若男女を取り込み、飛び入りの私は、昔とった杵柄と姪とその娘と共に踊りの輪に入る。
 宮入は最高のセレモニー。変化しているもの、変らずにずっと存続し続けるものと、伝統と昔の付き合いが今も残り、人々のふれ合いが出来る温かい地であり続けて欲しい…と。
 ワクワクした子供の頃と少しも変らない気持ちで過ごしたまつりである。大人神輿は、神輿師 小川政次作(栃木県芸術文化財工芸氏保存者)と、子供神輿は田中喜蔵氏(明治32年9月吉日とある)による文化財である。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事

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フォト : 豊鹿島神社

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2011年01月12日

左義長(どんど焼き)

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東京のどんどやき

東京ではなかなか難しくなったどんど焼き。

先日八日、浅草の鳥越神社で行われました。たぶん、東京ではここだけ?でしょう…か。

松の内があけて我が家のお正月飾りもお炊きあげをお願いしました。午後一時から火がつけられます。始めは燻った煙りがあがり(写真1)子どもたちが竹で地面を叩きながら「どんどどんど」と掛け声を掛けて煙りの周りを周ります。次第に火が勢いを付けて燃え上がっていきます(写真2)

そう広くはない境内は人でいっぱいです。

火が勢いよく燃えると、竹の先に吊るされた餅を釣れた魚のように竿から垂らして、火に翳して焼くのです。ひとしきり燃え盛るどんど焼きを見てから、喧騒を逃れて神社の裏へ周りお詣りさせていただきました。

裏では、消防団の人たちがビニールプールのような組立て式の水槽(貯水槽)にポンプを入れて、スタンバイしていました(写真3)

華やか表舞台の裏には必ずこのような裏付けがあるのですね。

表裏一体、陽と陰、表と裏、光と影、火と水…

今年も穏やかに暮らせますようにと祈りました。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi カテゴリー 季節の行事
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フォト :どんど焼き

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2011年03月08日

初節句・お誕生が続きます。

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 愛らしい有職雛の親王飾りが二組、赤い毛氈の上に並んでいます。なんと立派な装束(左の親王様は黄櫨染をお召しである)、美しいお顔立ちでしょう… 向かって左側に姉の親王様、右には今年初節句を迎えた妹のお内裏様とお雛様です。姉の雛は二年前に、妹のは今年と、どちらも母親の実家から送られてきました。

 この雛の節句を迎える2月早々の大安に届けられ、飾り付けられた人形たちで、一層春を呼ぶに相応しい華やいだ空間です。桃の花と菜の花、雛あられをそえた平面飾りに、やわらかな陽射しが入り込みます。一緒に歌う雛祭りの歌に合わせて、妹はリズムをとります。3月末には1才のお誕生です。春の野のような、華やかな手作りのちらし寿司に蛤のお吸い物、雛のケーキもそえて、家族でのパーティは、にこやかな笑顔にあふれ幸せいっぱいです。いつもと違う顔ぶれも加わり、白酒ならぬカルピスで乾杯!小さいから理解できなくても、写真は残ります。声も残せるとよいですね。無事な成長と幸せを願って、時は過ぎ行きます。女の子のいる家庭は、振舞いから着ている洋服、話し声まで、華やかにかわいいものです。両脚をきちんと揃えておすわり、お返事も、大人の話も静かに聞いています。こうして成長していくのですね。

 つらいニュースの続く春。幸せは皆で共有したいものです。大人も遠い昔にタイムスリップ。皆それぞれに、大切に育てられて今があります。繰り返されるこの行事に、今年も思い出の一頁が加わります。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Rainbow カテゴリー 季節の行事
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フォト : 有職雛イメージ


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2011年04月05日

それぞれの卒業式

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私が講師をしている教え子たちの卒業式は震災で中止になりました。謝恩会も中止でした。
ほとんどの大学で卒業式は中止されました。

そんな中でうれしかったのは、被災地の小学校で行なわれた卒業式でした。

避難所となった体育館で挙行された卒業式は希望そのものでした。本当に良かったです!嬉しかったです!テレビの前でたくさんの人たちに見守られた卒業式でした。

そして、被災地の小学生に手渡される卒業証書には、中止になった大学生たちの分まで思いが込められたと思います。

津波で流され、水に濡れた卒業証書には、強さと生きる希望が込められました。
卒業式が挙行された人たちも、中止になった人たちも、人生の大きな節目をこのような災害の中で、冷静に迎えた卒業生たち皆さんに、大きな拍手とエールを贈りたいです。

4月、『卯月』卯の花の咲く頃にちなんだ呼び名です。また、『産む』『初』を意味するとも言います。そして、稲を『植える』の意味もあるそうです。

困難や不安に負けないで一歩を踏み出してくださった皆さんに『堅実な未来』(カンナの花言葉)を祈りながら、今、広島原爆からたった1ヶ月で咲いた希望の花カンナの株分け植栽(カンナ・プロジェクト)の作業を庭でしています。

卯月の意味を思い出して、作業をとめてしまわないで、花を植えることにします!
稲を植えましょう!花を植えましょう!
そして、希望の種を自分の心の中にも植えていきましょう。
今卯月はそんな月です。

今植えた花の芽が出るように、葉が伸びるように、花の蕾が膨らむように、そして、一緒に復興の花を咲かせていきましょう!

『絶望』は『望み』を『絶つ』と書きます。希望の花を枯れさせないようにたくさんたくさん、心に花を植えましょう!

もうすぐ桜も満開になります。冬が寒ければ寒いほど美しい花がさくと……

写真は卒業式はなくなったけれど袴をつけてお世話になったキャンパスにお礼にいく大学生。母校に別れを告げて、向き直り一歩を踏みだす瞬間です。

今年の卒業式はそれぞれに意味深い卒業式となったと思います。


冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 usagi   カテゴリー 季節の行事
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フォト : 卒業式

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2011年04月21日

サン・ジョルディの日

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 4月23日は、バルセロナを州都とするカタルーニャ地方の伝統的な祝祭日であるサン・ジョルディの日です。日本では耳慣れない日ですが、カタルーニャ地方の人々にとっては、自由と自治を獲得した大切な記念日となっています。
 サン・ジョルディは、カタルーニャの守護聖人である騎士の名前です。昔、カタルーニャ地方には住民を脅かす恐ろしい竜が住んでおり、住民は若い娘を生贄として竜に捧げていました。ある時、その生贄に王家の姫が選ばれてしまい、騎士サン・ジョルディが竜を相手に勇敢に闘い、姫を助けたという伝説が
記念日の由来です。
 カタルーニャ地方には、自由と言語を奪ったフランコ独裁政権に虐げられてきた長い苦難の歴史があります。サン・ジョルディの雄姿は独裁政権と闘う精神と重なり、カタルーニャ人にとっては、サン・ジョルディの日は解放を象徴する日となりました。
 カタルーニャ地方ではこの日を祝うために、男性は女性に1本の赤いバラを贈り、女性は男性に1冊の本を贈ります。一般的には赤いバラは美と愛、本は教養と知性を表しています。カタルーニャ人にとっては、バラは独裁者の死の証である血を、本は圧政によって失ったカタラン語を象徴しているのです。
この日、街のあちこちに花と本の市がたち賑わいを見せます。平和の騎士サン・ジョルディに託したカタルーニャ人の愛と勇気と希望が息づいています。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事
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フォト : イメージ


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2011年04月22日

イースター

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 イースターは、日本では復活祭と呼んでいますが、キリスト教で最も重要な行事とされています。十字架にかけられて処刑されたイエス・キリストが、三日目に復活したことを記念する復活の主日です。イースターは毎年、日付が変わる移動祝祭日で、春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日と決められています。3月21日から4月24日の間となりますが、2009年は4月12日、2010年は4月4日でした。本年2011年は4月24日にあたります。
 イースターには色をつけたイースターエッグを配る習慣がありますが、生命や復活を象徴するものとして卵が使われてきたと言われています。卵はイースターうさぎが運んで来たとされ、子だくさんのうさぎは繁栄や多産のシンボルとされおり、うさぎがそのままイースターのシンボルとなっています。
 欧米では、カラフルな紙やペイントで卵を彩って家に飾ったり、庭に卵を隠して子どもに探させるエッグハントを行ったり、卵をスプーンに乗せ落として割らないように走って競うエッグレースなるものもあるようです。ホワイトハウスでは丘の上から卵を転がすエッグロールが有名ですし、ニューヨークのイースターパレードは賑やかに繰り広げられます。家族や友人の間でイースターカードを送ったり、卵型やうさぎ型のチョコレートを交換し合う風習もあります。
 日本の今年の干支のうさぎとイースターバニーは相当、容貌が違いますが、ともに大いに飛び跳ねて幸せを運んできてくれますでしょうか。

冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Marin  カテゴリー 季節の行事
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