新嘗祭(にいなめさい)−勤労感謝の日
収穫の秋も過ぎ、各地では実りを祝う祭りが催されております。
全国幾多の祭りのしきたりはこれまた様々で、古くから受け継がれてきた伝統的なもの、そして近年になって生活様式の変化、西洋化によって少しずつ趣がかわってきているものもあります。更に開催日なども主催者側の都合や参加者を募りやすいようにする配慮から多少前後させる事もあります。
新嘗祭(にいなめさい)という近年あまり耳にしなくなった祭儀は、宮廷及び皇室にて最も貴ばれてきた儀式で、旧暦の十一月の二番目の卯(う)の日に挙行されていました。明治五年十二月三日を境に太陰太陽暦から太陽暦への改暦が行なわれてからは十一月二十三日へと挙行日が改定され、戦後は「勤労感謝の日」に名称も改まって現在は国民の祝日となっています。
ところで、なぜ皇室ではこの新嘗祭を大事としているのでしょう?
神道的な皇室の見方に関わる事なので仔細は記しませんが、食物は食べられることによりその種子が大地に根づいて再生(復活)するという考えに基づき、天皇がその年に実った新穀(しんこく)を神殿に供え、つまり八百万の神(やおよろずのかみ)に奉じ、自らも食して翌年の豊作を、すなわち今年の種子が大地にしっかり根づくことを祈願するという解釈が一般的です。
しかし神代からの歴代の天皇の皇統譜とされる「古事記」を繙(ひもと)いてみると、状況はいささか複雑になってきます。
日本の国土創成及びその様々な自然・文化を司どる神々を誕生させたとされる伊耶那岐命(いざなきのみこと)、伊耶那美命(いざなみのみこと)の両神ですが、この神々の誕生の過程で美神(伊耶那美命)は命を落としてしまいます。死後は人間の死を掌(つかさど)る黄泉国(よもつくに)の大神となったため、岐神(伊耶那岐命)は地底の黄泉国を訪れますが、現し国(うつしくに)に戻って死の穢(けが)れ禊(みそぎ)により落としたところ、岐神が左眼を洗った時に誕生したとされるのが天照大御神(あまてらすおほみかみ)という太陽の神です。この太陽の神に岐神は「御頸珠(みくびたま)」という自身の御首飾りを与えました。この首飾りにも神の名があり、それを御倉板挙の神(みくらたなのかみ)と言います。つまり神聖な倉の中の棚に祭った神という意味です。
日本では倉の中の棚に祭るのは穀物、特に米なので、米の神を身につけた天照大御神は太陽の神であると同時に穀物の神でもあるということになります。さらにこれだけにとどまらず、岐神は天照大御神を高天の原(たかあまのはら)といういわゆる天上界の主宰神としました。従って日本神道の体系においてはこの天照大御神が最高の神であるということになりますが、八百万の神を祀(まつ)る立場から見れば特段に区別するわけではありません。
また、天照大御神の両手には五百もの珠が統(す)べられた御統の玉(みすまるのたま)が巻かれており、これを噛んで吐き出した息から五神が生まれ、これが日本各地の氏族の祖先、ひいては日本人の祖となったとされております。それゆえに新嘗祭において祭壇に供えた米を食すことは穀物の神かつ我々の祖先である天照大御神を食すことでもありますから、これによって種子となる我々の子々孫々が末永くこの地に繁栄するようにと願ってこの祭りは大事とされてきたのです。
悠久の神話は、またそれを紡(つむ)ぐ時代の歴史でもあります。祭りを各地で楽しむことは、それを執(と)る各地の神々と共に現代の歴史をも楽しんでいることと言えるのでしょう。祖先をうやまい子孫の繁栄を願うことに今も昔も違いはないのです。
冠婚葬祭マナーコンシェルジェの日記 作者 Angel カテゴリー 季節の話題